小説

『youth』村崎えん【「20」にまつわる物語】

「どうして本気を出さないの」
 I高を諦めると決めたときの教師や母親の言葉が、ふとしたときに頭を過った。そしてそれらは、驚くほどに茉奈美を傷つけた。
「どうしてレベルを二つも下げるんだ、I高がダメならH高だろ」
 一番落ち込んでるのは私なのに。先生やお母さんじゃないのに。喉元まで出かかった言葉を、しかし茉奈美は飲み込んだ。言っても無駄だとわかっていた。わざわざ言葉にする必要はない。だからH高を受けない理由も、言うもんか。
「一緒にH高受けるんだ」
 親友だった北村真智の言葉がどこからともなく聞こえてきた。
 言うもんか。誰に向けたものかわからない言葉を、茉奈美は口の中で転がした。そうしていると勝った気分になれた。だけど繰り返すうち、虚しくなった。
 I高の制服だったならば。茉奈美は何度も思った。薄いブルーのカッターシャツに濃紺のリボン、ノーカラーのブレザーを着ている自分だったならば。北村真智に、敗北感を覚えずに済んだかもしれない。彼女を許せたかもしれない。例え知らない者ばかりのクラスでも、積極的な自分を演じ、たくさん友達を得られたかもしれない。なのに現実は、ペットボトルを再利用して作られたらしいがデザインは平凡な、つまらないブレザーだ。全てがくだらなく見えた。このブレザーを着ている、自分を含めたこの高校の生徒全員が。
 椅子から生えているかのように、茉奈美は自分の席にじっとして、決して喋らず目立たずに、クラスの中を目玉だけ動かして観察しながら日々をやり過ごした。
 女子のグループは四つ。派手な女の子たちで構成されたピラミッドの頂点、わかりやすく「A」、運動も勉強も平均以上にはできるが、最も人数が多く特徴のない女子の集まり「B」、オタクな「C」、そして生まれたときからずっと一緒だという二人組、「Cダッシュ」。
 自分はどこに属せるのか。椅子にお尻をくっつけて、茉奈美は毎日考えていた。くだらないと馬鹿にしながらも、今後の学校生活を送る上で友達が一人もいないことがメリットになるはずはない、と重々理解していた。ずっと、これまでもそうしてきたじゃないか。だからやれるはずだ。そう思うのに、体が思うように動かなかった。
 マツゲはひじきのようであればあるほど良いという美意識を持つAは論外、聞いたこともないアニメの話をヒソヒソと話し、たまに奇声のような声を上げて笑うCにもとても馴染めそうにない。そうなるとBかCダッシュだが、どうだろうか。
 十人の女子で成るBには、茉奈美の思う思春期女子特有の面倒くささを煮詰めて固めたような雰囲気があった。弁当の時間になると彼女らは毎度、席順決めで激しく時間を消費し、数人が連れ立ってトイレに行くと決まってその数人の陰口を囁きあっていた。ゆくゆくは運動部のキャプテンになるんだろうという活発なタイプもいたし、Aのようにメイクで武装していないにも関わらず、強気な目で全てが自分の思い通りになると信じているような顔をした女もいた。
 残されたCダッシュには、茉奈美は特に強い印象がなかった。BとCで言えば雰囲気がCに近いからCダッシュと付けたが、二人にはCほどの近寄り難さは感じられなかった。単に、数の問題だったのかもしれないが。

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