小説

『二十世紀のポルターガイスト』日影【「20」にまつわる物語】

 老人は、抜け殻のように放心した様子でしばらくテレビを見つめ、時おり思い出したように妻の部屋に眼を移す。
 妻は、薄暗い部屋で、何もない空間に笑みを投げかけている。それは、誰かと話しているようにも見えた。
「誰かいるのかい?」
 声をかけてみるが、妻は何も答えない。
 老人は静かに立ち上がると、夕飯の準備を始めた。
 インスタントのカップソバがふたつ――年越しソバ――それを三つのお椀に移しかえる。
 そのひとつを仏壇に。
 仏壇には、穏やかに笑う女性の顔がある。
 エクボが印象的な笑顔。
 老人はそっと手を合わせ、しばらく娘の遺影を見つめた。

◇◇◇

~数日前のこと~
 老人は妻を連れ、かかりつけの病院に来ていた。
 いつもの決まった時間の決まった診察。
 医師はレントゲン写真を見ながら言った。
「腫瘍がだいぶ、大きくなっています」
 老人の眼を見据えて言葉を続ける。
「手術するかどうか、早く答えを出さないと」
 医師の言葉に老人は無言のまま何度か頷く。
「奥さんのことも大事ですが、もう少しご自分の体も考えて……」
 傍らで微笑む妻。老人はゆっくりと言葉をしぼり出した。
「先生、本当にいつもありがとうございます。年が明けたら、必ず、答えを出しますので」
医師は年老いた妻を一瞥すると、深くため息をつき、小さい声を発した。
「……わかりました。では、年明けに、約束ですよ」
 老人は深々と頭を下げた。

◇◇◇

 年の瀬恒例の歌番組は佳境に入っていた。テレビの中では華々しく盛大な盛り上がりを見せている。
 お椀がふたつ。ひとつは汁まできれいに飲み干してあり、もうひとつのソバは汁を吸えるだけ吸い込み、すっかり伸びきってしまっている。
 老人はコタツに正座をしたまま、ただ一点を見つめていた――ずっと。
 肩までコタツにくるまり、寝息を立てている妻。
 ファンファーレとともに、特大パネルに「ありがとう二十世紀、はじめまして二十一世紀」という文字が点滅して輝き、紙吹雪とともに歌番組が幕を閉じてゆく。
 画面はどこかの神社の風景にかわった。
 降り積もる真っ白な雪が画面に映し出される。
「もうすぐ、終わるね」老人は独り言のようにつぶやく。

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