小説

『さよなら、はじめまして』柿沼雅美【「20」にまつわる物語】

 だって夜遅くまで塾に残ってたり、バレンタイン過ぎてるのにわざわざチョコ持ってきたりさ、しかもこの間残ったチョコだから、なんて言って、なんだそりゃって思ったよ。
 よく覚えてるね、と私が驚くと、だから覚えてるんだって、と返ってきた。
 夜遅いときは送っていってあげられたらって思ったけど、個人的にそんなことできる立場ではなかったし、顔を合わせるとたわいのない話をしながらいつも何か言いたそうな顔をして、二人でゆっくり話を聞いてあげたいなとも思ってたけど、そんなタイミングはなかったし。
 話を続ける木塚さんに、私は、そうだよね、と言う。
 どうしてるかなって何度も思ってたんだよ。そしたら、急に君からメールが来て、驚いた、と言って私を見る。
 そうなの、SNSって便利だよね、友達が片想いしてたアルバイトの大学生見つけて連絡取ったら、木塚さんが繋がっていて、副塾長ってこの人だったんじゃない?って教えてくれた、と、そんなことあるんだね、という思いで木塚さんを見つめる。それからメッセージを送って、2週間して今日になった。
 木塚さんは、俺はただ登録していただけだったけど幸運だったなぁ、と言う。アルバイトくんは、友達と再会したの?と続け、私は、あぁそれね、と笑って答える。
 すごいかっこよかったのに今見たら全然良くなくて引いたぁ〜、と友達の真似をすると、はははっ、と木塚さんが声をあげた。私も、自分で言いながら、ひっどいよね女の子ってこういうことサラッとする、あんなにガチで好きだったのにね、と笑った。
 見た目も環境もがらっと変わってるからなぁ、と木塚さんが笑ったあとで、麻衣は違ったの?と私に言う。君、から、麻衣になっていた。
 違ったよ、と少し緊張しながら目を逸らして返事をする。全然違った。引きもしないし、笑い話にならなくて、でもおかしいくらいに気持ちが変わってなくて、そこまで言って木塚さんを見つめ直すと、優しい顔で私を見ていた。
 木塚さんは、左手を私の右手に重ねて、はじめまして、と囁くような声で言った。なんで今頃?という顔をする私に、一番最初に会った時、さよなら、しか言ってなかったから、とつづけた。ぶわっと、景色が蘇った。
 ほんとだ、と、ふふっ、と私は小さく笑い、木塚さんも見つめる。ほんとに変わってなくて、ずっと会いたかった、あれから大人になってどんな男の人と付き合っても、私こそこんなにいい年になっても、ずっと会いたかった。20年前に会ってからずっと、今日まで会いたかったの。
 私が言うと、木塚さんの腕が私の背中に一瞬でまわり、抱き寄せられた。海の見えた日みたいに優しい力じゃなくて、ぐっと、息ができなくなっていく。
 顔を少し上げると、木塚さんが私を見下ろしている。
 そのまま私たちはキスをした。してもしても止まらなかった。会いたかった、ずっと会いたかった。
 20年分の気持ちが、唇から熱い息になって、重ねていく肌から体温になって、溢れていた。

1 2 3 4 5 6