小説

『さよなら、はじめまして』柿沼雅美【「20」にまつわる物語】

 授業が始まる前に早めに行って、駐車場をのぞいたり、途中までは友達と帰って、バイバイしたあとにまた駐車場に一人で戻ってくることもあった。
 副塾長とは、何回かしか顔を合わせられなかったけれど、姿を見つけたら、私はすぐに駆け寄って声をかけた。そのたびに、あぁ、と優しい表情で対応してくれた。
 進学先が決まったとき、すぐに事務室に報告に行った。思っていたレベルよりも上の学校に決まったので、先生たちが喜んでくれた。先生たちのすきまから、副塾長が見えて、私は目を合わせたまま笑った。
 もう塾に来る必要がなくなる時期は、ただ悲しさしかなかった。どうすれば副塾長に会えるかといくら考えてもこたえはなかった。
 最終日に、先生から声をかけられて、聞くと、受験成功者の勉強方法や最後の追い込みなどのコメント紹介のプリントを作るからひと言書いてほしい、ということだった。
 私は事務室へ寄り、手書きでコメントを書いた。夜中のチョコレートはほどほどに、というところで、副塾長が見て笑ってくれたのが嬉しかった。進学先の生活に慣れたら、今度は学校紹介のプリントに出てよ、と言われたので、私はすぐにうなづいた。
 高校に入学して、何ヶ月かぶりに副塾長に会えると思ってうきうきして、制服のスカートを少し短くしたり、ビューラーでまつげをくるんとさせたりして訪問したが、副学長はいなかった。何度も何度も事務室を見回し、前に座っていたはずの席を見ても、他の人が座っていて、全く姿がなかった。副学長は…と友達が片想いしていた大学生に聞いてみると、他の校舎に移動になったか何かで辞めたと言っていた。そして、聞いてもいないのに、大学生は彼女ができてテーマパークに行った話を嬉しそうにした。
 帰り道、泣きたかった。やっぱり恋だったと思った。本気で初恋してた、と自覚した。
 すぐに家に帰れなくて、ほしくもないUFOキャッチャーに100円を入れ、なんとも思わないキャラクターがなかなか挟み取れなくて、涙目になりながら3000円近くかけて取って、ほしくもないのに取り出し口から取り出して手に持ったまま帰った。
 30歳の副塾長が14歳の自分に何か気持ちを抱くわけがないことは十分分かっていた。分かっていても、私は恋をしていた。

 木塚さん、覚えてる?
 私がまた聞くと、覚えてるよ、とベッドに腰を掛け直して笑う。いい年になったと言い続けている木塚さんへの気持ちは、14歳の頃と全く変わっていない。
 14歳の私は私なりに本当に好きだったんだよね、と言うと、今の木塚さんは、僕も気になってたんだよ、と言った。私は立ち上がって、木塚さんの隣に腰を下ろした。少し固めのベッドがたわんで、ぺりっと糊付けされたシーツがスカートに擦れる音がする。

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