あの日は秋祭りの日で、人々は広場に集まっていた。真っ暗な川に架かった橋の上にいるのは、私たちだけであった。
水面は黒い天鵞絨のように艶やかな波に揺らめいている。橙の灯がその波間に煌いて、さながら天の川を写し取ったかのよう。私たちは並んで欄干に身を預け、黙ってそれを眺めていた。
隣を見る。藍染めの振袖に、金糸の帯の映りのよい束髪の少女は、疲労と悲哀の色濃い顔をしていた。私も同じ顔をしているのだろう。振り返らない少女から目をそらした。
少女の手を探って握ると、小さく冷たい手が申し訳程度に握り返してきた。私たちは欄干から乗り出すと、重力に従って川へ身を投げた。
ざぶりと飛び込んだ川は冷たく、私たちを水底に引きずり込もうとしていた。暗い。ただ、暗い。灯を持たない夜の道よりもなお暗い闇の中で、私たちの体は押し流されていく。息は苦しかったけれど、握り締めた手を離す気はなかった。彼女となら、きっと、どこへでも、どこまでも行ける。
水面に、何かがぱちゃんと落ちる音。飛び散ったしずくと、水の中まで届くぼんやりした橙の灯が幻想的に揺らめいている。夜空の星が水底まで落ち込んで、きらきらと輝く銀河を描く。星々の光があまりにも眩しくなるので、強く目をこすった。
吐き出した息が白い泡となって、流星のように昇っていく。その泡の向こうから、白い腕が真っ直ぐに伸びてきて、私の肩を強く掴んだ。
彼女のものではない。その手は私の手に握られている――否、ない。決して離すまいと思っていた彼女の小さな手が、どこにもない。一体いつの間に手放してしまったというのか。銀河の流れの中では、あの金糸の帯を見つけ出すことも出来ない。
ならば、この手は。
果たして誰のものか、しかし、私にはわかっていた。
天鵞絨の背広を着て、私に手を伸ばす男は、紛れもなく私の兄で、そして――彼女の許嫁である。
兄は知っていたのだ。私と彼女が想い合っていることを。秋祭りの日に、誰にも知られないように心中しようとした私たちの考えを、けれど兄はよくわかっていたのだ。白い顔は、立ち上る泡に隠されてよく見えない。兄さん、と彼を求めて呼べば呼ぶほど、彼の姿は泡に隠されていく。闇をまさぐる手がかろうじて兄に触れた時、私の体は押し上げられた。
水面に出ると、ひどく荒い呼吸で体は酸素を求めた。肺が、心臓が、強く脈打っている。川沿いには、兄が呼んだのか、灯を持った人々が立ち並んでいた。
網膜まで焼き付いてしまいそうなそれは、太陽にもよく似ていた。
気が付くと、ごとごとと揺れる列車に乗っていた。