小説

『葦です』室市雅則(『パンセ』パスカル)

あ、うちの女房がブタクサのようにブツクサ言っておりますので少し失敬。

だから、忙しいんだよ。くっちゃべってる暇あったら光合成しろって?してるよ、してる、多分してる。だってしょうがないじゃないか。光合成は意識してできるもんじゃねえんだからよ。よくもまあ、今この状況でそんなこと言えるな。食うか食われるか瀬戸際だぞ。ちょっとは考えて物言えよ。良いから黙ってろ。こういう時は俺に任せとけよ。な、上手くいったら養分ちゃんと分けてやるから。

すみません。口やかましい女房でして。お宅もそうじゃないですか?女房ってのは口から生まれた生き物じゃないかなって。え?やかましくないし、口からは生まれていない?
ですよね。そうですよ。お宅さまとお会いした瞬間からそうじゃないかなって思ってたんです。こちらの方は私の女房とは比べようもない素敵な奥様をお持ちだぞって。本当ですよ。はい。

え、そろそろ?あ、お時間が?
いや、もうちょっとだけお聞き頂けますか?
いえね、この前、うちのバカ息子がこんな質問してきたんですよ?
「お父ちゃん、僕はどこから来たの?」って。近頃のガキはませていて可愛くありませんね。お宅もきっとね?え、お宅さんのガキ、いやお子様はませてなくて目に入れても痛くないくらい可愛い?そうでしょ?ですよね。やっぱり。そうだと思った。一目で、いや、見なくても分かりますよ。きっとお宅さんはえくぼが可愛いお子様…、あ、え?えくぼはない。あ、そうでした、そうでした。えくぼはないんだ。でも可愛い。くりっとしたまん丸お目目で。え?うちの息子は俺に似て目が細い?そっか、そうだった。ついつい。あ、はい、話を進めます。
私はその質問にこう答えてやったんですよ。
 「良いか、俺たち葦は日本書紀で日本の国土のことを示す言葉『葦原中国』として出て来たし、古事記では、神様が生まれる様子を『葦牙のごと萌えあがる物』と記されているくらい非常に歴史と由緒ある植物なんだ。だから、細かいことは気にしないで、まっすぐお天道様を見ろよ」って。そうしたら、また訊いて来るんです。「お父ちゃん、そうは言ってもおいら達は何かの役に立っているの?ただ生えているだけじゃないか」って。思わず怒鳴りそうになったんですが、女房に「あんた、子供は訊くのが商売なんだから」って言われまして、確かに私も子供の時分は色々親に訊いていたなと。ですから、私はきちんと答えてやりました。教育ですよ。大切ですもんね、未来を担う子供たちへの教育。あ、初めて頷いてくれましたね。良かった。は、はい、私はですね「身近なところだと、日を避ける葦簀にも使われているし、日本でも西洋の方でも楽器にもなっているし、鳥たちの住処にもなったりしているんだ。人間様だけでなく、動物の役にも立っているんだよ。だから胸を張って生きなくては駄目だ」って。おや、大きく頷いて下さって、嬉しい限り。

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