小説

『灯台守の犬』はやくもよいち(『定六とシロの物語(秋田の昔話:老犬神社)』)

数年前まで陸の灯台は、航空機にとって安全の為に無くてはならない地上施設でした。
夜は山岳地帯などの危険な地形が背景に溶け込んでしまいます。
月や星のない闇夜に位置を知るため、灯台は大いに役立ちました。
いったい何人のパイロットが、ケイン灯台の放つ橙色の光に助けられたことでしょう。
今日ではAMラジオと同じ電波を使用して位置を教える電波灯台が、国中に設置されています。
電波の来る方角を針で示す計器を使えば、雲の中でも闇夜でも、正確に航路を飛ぶことが可能になりました。

航空灯台は用済みとなり、施設の老朽化や人員整理を理由に次々と閉鎖されたのです。
他の灯台が廃止されてもパラディ先生は仕事を辞めませんでした。
後任はいません。
彼が仕事を終える日、ケイン灯台の灯は消えるのです。

先生は見えない目を足元に落としました。
思わずもれた溜息が、塔にひびく風鳴りのすき間をついてペスの耳に届きます。
長い鼻を上に向けた彼は、ひげを風に揺らしながら、黒く澄んだ瞳を周囲の石壁に向けました。
二度、短く吠えます。
パラディ先生が足を止めるとペスは後ろ足で立ち上がり、石壁を引っかきます。

「おやおや、何か良いものでもあるのかな」

先生は右手を目の高さまで上げ、石壁にふれました。
硬い石に文字が刻まれています。
つづられた文字を指先でなぞると、彫り込まれた言葉が頭の中で声となりました。

「先生!オレ、大工になったよ マルコ」

喧嘩早くて手がつけられない、村一番の暴れものと呼ばれた教え子の顔が、15年の時を超えてよみがえります。

マルコは学校を卒業すると村を飛び出し、行方さえ知れませんでしたが、5年前に突然、腕の良い大工となって帰って来ました。

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