小説

『長生き杖』田中希美絵【「20」にまつわる物語】

翌日から毎日、帰宅のことを思うと朝から気が重かった。よって母に毎朝訪ねた。「ねえ、今日は早く帰ってくる?」仕事の後、祖父の見舞いに病院に行くことがたまにあり、そうすると帰りは遅くなる。幸運なことに、そのうち母の帰りが遅いことはあまり多くなくなった。祖父の具合がいいのだろう。ある日母は言った。「きーちゃんが寂しがってるから、最近ははお見舞いなしで早く帰ってるのよね。」 しまった! 私は寂しかった訳では全くないのだ。ただ母の鍵が必要だっただけなのだ。なのに、母が祖父と共にする時間が無駄に少なくなってしまう。でも鍵を無くしたことは言えない。仕方なく、頷く私。「うん。」 夕食に自分だけのために出したわさ

び漬けつまみ続けながら満足げな母を尻目にかぼちゃとニラの味噌汁をかきこむ私。味噌汁に入ったかぼちゃは食感がどうしても好きになれなかったが、それがくしゃりと下の上で潰れる。

それからしばらくして、祖父は亡くなった。母が泣いたのは、少なくとも私の知る限り、あの日が最初で最後だった。葬式の後、何日か経って、夕食の準備をしている母に、姉がいつの日か祖父にもらったうちわであおぎながら言う。「これね、じいじにもらったの。」「そう。」母は静かに答える。私はハッとした。持っていると長生きできる、小さな杖。あの日から、祖父の手ではなく私の手元にあるそれは、お菓子や他の大切なものをしまう、クッキーモンスターの絵のついたお菓子の缶の中にずっとしまってあった。あれが亡くなったから、祖父は長生きをしなかったのかもしれない。そんな考えが頭をよぎるが、とてもでないけどそれを母には打ち明けることなんてできない。間接的にでも人を殺したとなれば、おまわりさんに連れて行かれるのだろうか。ちゃんとお手伝いをすれば、年末にはデズニーランドに連れて行ってくれる、と父と母は約束してたけど、あの約束はどうなるのだろう。そんなことよりも、二人の兄のあと、遅くに生まれたたった一人の女の子であるため、特に祖父に可愛がられて育った母。きっと責められるだろう。一生許してくれないだろう。

急いで部屋に戻り、こっそりと例のクッキーモンスターの絵のついたお菓子の缶を開けてみると、貯めておいた飴のいくつかが溶けて流れ出て、缶の中はベタベタになった。他のお菓子は半分がもう食べられなくなってい て、半分は包みがベタベタになっていた。それを濡らしたティッシュで拭いて避難させつつ、『長生き杖』の入った透明な袋も拭いた。中身はまだ変わらぬままだった。菓子缶も中を綺麗に洗ったあと、私はそれを『長生き杖』ごと引き出しの奥にしまった。

そして私はそれをずっと忘れていた。

—-

1 2 3 4 5 6