小説

『魂齢を量る階段』小原友紀(『お階段めぐり』)

「その所以(せい)かい。いやに大人びた子供(ガキ)も、いい歳して子供じみた爺(じじ)婆(ばば)も」
 朦朧とした意識に灯る己の意志が、声無くして放たれていく。
「左様。今生(こんじょう)にて、魂が歳を重ね、成熟に見合う来世を決する」
「生まれ落つる処、輪廻における魂の遍歴に拠(よ)る――良く出来た代物だな」
 生前の得が高ければ、魂齢が上がる。優れた魂に相応しい環境に生まれ変わり、さらに得高き者と成るという道理か。ならば、逆もまた然(しか)り。
「その魂齢、見定めるは、この階段――昇りながら、降りながら――選ぶは汝。在るのは因果応報、唯(た)だ一つの道理」
「逃れたはずの苦界に逆戻り、因縁を繰り返しながら堕ちていく定め、か」
 表情を表せるならば、皮肉と冷笑を満面に湛(たた)えているだろう。
「こんな小悪党の俺だ。汚れた魂を抱え、劣悪な環境に堕とされ、放蕩と罪に身をやつす生涯か。次も、その次も、ずっと――」
 嵐を呼ぶ叢雲のごとく、膨張した黒い靄が、重く立ち込めている。
 前世の記憶の大半が失われようとも、決して消えない事実――盗みを繰り返した挙句、投獄された罪が、男にのしかかってくる。
「罪を犯すに至ったのは、俺独りの咎(とが)かね?」
 先刻(さっき)から階段の高度が、激しく乱高下している。上方の段が山を描き、その先は谷底へと続いている。
「働き詰めのお袋が死んだ。呑んだくれの親父は、幼子(ガキ)の俺を置いて消えた」
 縄梯子が弛むように、己の立つ段が急激に沈み込んでいく。前面と背面の別もなく、壁のごとく絶壁の段に挟まれる。
「読み書きどころか、食うにも事欠いた。盗み以外、何が出来た?」
 黒々しい靄は曇天となり、濃く深い闇が、階段はおろか己をも覆い尽くす。
「その魂、次の段を上れよう。人を殺めんとする蛮行を思い留まったゆえ」
 得体の知れない声は、未だ掴みかねる意志を、光の粒が弾けるように響かせる。おぼろげに蘇る古い記憶と共に、橋の下降が止まる。
「……ああ、『そいつ』が、俺の罪を軽くした」
 鏡に映るがごとく、生前の事実とその真相は隠しようもなく晒されている。

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