小説

『舌(ZETSU)』不動坊多喜(『王様の耳はロバの耳』)

 スコップを洗いながら、あの頃聞いた噂を思い出そうとした。
 台風の翌日、日が暮れてから母の車が山を越えるのを見た人がいた。運転席の男は帽子を目深に被り、襟を立て、マスクで顔を隠していたが、確かに俊だったと、隣には母が乗っていたと、その人は言ったらしい。車は、山を越えた林道の待避所で見つかったと聞いた。その場所には、前日、白い乗用車が止まっていたという証言もあった。その車は俊が用意していたもので、そこで車を乗り換えたに違いないと、誰もが思った。
 本当は、父だったのだ。
 白いレンタカーを止め、そこから歩いて山を越えた。道は通らず、林を抜ければずっと近い。すべて父の所有地だ。迷うことも、誰かに会うこともない。二人を殺し、庭に埋め、変装し、母の服を着せた鞄か何かを助手席に座らせ、車を走らせた。レンタカーを返した後は電車に乗り、何食わぬ顔で駅から歩いて戻ってきた。
 風鈴が語らなくても、想像できた。

 明け方まで眠れなかった。
 空が白み始め、帰れると思うと気が緩み、眠ってしまった。

 私は跳ね起きると、裸足で縁側を飛び降りた。もう日は高くなっていたが、着替えもせず、昨日埋めたところを掘る。爪の間に土が入り込むのもかまわず、軟らかな土を素手で掘った。
 あった。
 風鈴を引っ張り出すと、また埋め戻す。
 楓の木を見上げる。
 風が吹くたび木の葉がざわめく。その葉擦れが、母の喘ぎになり呻きになり悲鳴になった。
 こんなもの、埋めたまま帰れない。
 ああ、そうか。父も一度埋めたのだ。だから、舌ははずして、新聞紙で幾重にもくるんだ。土のついたまま……。
 どうしろというのだ、こんなもの。
 別々に捨てようか。
 否、駄目だ。埋め立て地の植物が歌い出す。
 溶鉱炉に放り込んで溶かしてしまうのが良い。
 でも、どうすればそれができる?
 ゴミ捨て場から拾う人もいるのだ。特に、金属は……。
 他に、どんなことができる?

 午後、私は近くのホームセンターに出かけた。

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