小説

『舌(ZETSU)』不動坊多喜(『王様の耳はロバの耳』)

 ひょうたん池を埋めたのは、母が家を出る前だった? 山茶花の生け垣は、その後だ。父が毎年一本ずつ植えていたのを覚えている。もうすっかり大きくなって、池の周りを取り囲んでしまった。
 と、そのとき、押し入れを探っていた妻が声を上げた。
「あら、これ何かしら」
 がしゃがしゃと紙の音がする。
 振り向くと、妻が新聞紙と格闘していた。玉葱のように、むいてもむいても中身が出てこない。
 やっと出てきたそれは、風鈴だった。
「どうしてこんなに包んでたのかしら」
 新聞紙の山を横に、妻は風鈴を調べている。
「やだ。土がついてる。ほら、こんなに。古墳から出土した値打ち物だったりして」
「まさか。銅鐸じゃあるまいし」
 つい引き込まれて、笑う。
 土を洗い流し、たわしで磨く。錆もなく、まだまだ使えそうだ。つるしてみようかと思い、気がついた。舌がない。これでは音が出ない。
「あ、あれ、もしかして」
 妻が手を叩き、書斎へ走った。金属片を手に戻ってくる。
「ほら、やっぱりこれよ」
 荷造り用のビニール紐を裂き、風鈴に通すと、穴に結びつけた。更にもう一本紐を通し、細長く切った、会葬御礼葉書をぶら下げた。
 縁側の軒下に吊すと、初夏の風が葉書を揺らし、風鈴は涼しげに鳴いた。
 その音を聞きながら、私は通夜を過ごした。懐かしい響きだった。

「お母さん。風鈴が喜んでるよ」
 少年がうれしそうな声を上げる。柔らかい、懐かしい響きが、それに応える。
「そうね。笑ってるわね。幸せだね、幸せだね、って」
 ああ、本当に幸せだ……。
 私は、薄目を開けた。薄暗い部屋の真ん中に、白い布がぼうっと見えた。微かに線香の香りが残っている。
 どうやら転た寝していたらしい。
 あわてて新しい香に火を点ける。
 あれは、母の声だった。ということは、少年は私か。

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