Gはタバコを吸い始めようとして、バックルームだったことに気がつき、バツの悪い顔をして箱の中にしまった。
「24時間?そんなちょっとでえ、みんな社会で一旗あげるってどういうことですかあ?ていうかあ、魔法使い?」
ノッポのジョーが甲高い声で叫んだ。フワフワしたお嬢さま系だけど、肩が張ってるから某ボクシング漫画の主人公から名前を取って、僕たちはジョーと呼んでいた。
「だから、わからないんだよ。なんでなのかはわかんない。俺も先輩から聞いたんだ。みんなそうなっていくんだって。それから」
そう言うと、Gは少しだけ黙った。僕は、新たに取り掛かっていたコンディショナーの箱をいじるのをやめて、顔をあげてGの方をみた。案の定、Gはニヤついていた。
「それから、その人たちはみんな”東京”じゃなかったらしい。みんな俺らみたいな、まあ、そういうやつらばっかりなんだってさ」
ふうん、と僕は大げさに言った。と同時に、ビリビリ大きな音を出して、コンディショナーの段ボール箱を破った。”東京”か、そうじゃないかは僕らにとって大きな意味を持っている。だから、Gがそう言ったことに対して、嬉しい反面で腹立たしさも感じていた。
「あ、おまえ信じてないでしょ?でもわかるよ、偽物だよな、そんなの。”東京”のフリなんて、わざわざする必要ないもんなあ」
Gがケラケラと笑った。僕はGの方を向いて少しだけ笑ったフリをし、品出し用の箱にシャンプーとコンディショナーを入れて、そのまま店内へと運んでいった。いつもバックルームから店内に入るときには、決められた通りに挨拶するのをかかさなかったのに、そのときばかりは箱を前に押すことだけに集中していて、ここ何年かの習慣が一気に飛んでしまっていた。シャンプーを商品棚においている最中に気がついたが、どうしてそんなことに固執していたのかわからないぐらいに、それはどうでもいいことに変わり果てていた。
「さっきの話すごいよねえ。ワタシ、行きもしないのに店の場所聞いちゃったあ」
固形石鹸の箱をドサっと足元におき、ジョーが棚ひとつ挟んだ反対側で品出しを始めた。
「行きもしないのにって、どうして?」
「だってさあ、絶対にそんなことワタシにはできないもん。ううん、ワタシって言うかあ、ワタシたち?」
そうかなあ、と言いながら僕はジョーと目を合わせないようにワザと低い棚の商品整理をした。
「そうだよお。すごいとは思うけど、ワタシたちとは違う世界の話じゃん?”東京”じゃないって言ってもお、ワタシたちではないと思うんだよねえ。現に、Gさんだって行ってないんでしょお?」
アハハ、とジョーはバカみたいに笑ってバックルームに戻っていった。ジョーは毎回一種類の商品しか品出しができないのだ。できないのか、しないのか、僕は知ろうとも思わなかった。それよりも、”東京”でもない、僕たちとは違う世界、そんなこと考えたこともなかった。