小説

『20年前の君に』霧赤忍【「20」にまつわる物語】

「ちょいとお嬢さん。俺、佐藤晴一。いきなりだけど君に運命感じちゃった。ほら見えるでしょ。ここに赤い糸が。ねえ俺にベル番教えて」
 女性はピクリとも反応せず、何ごともなかったようにコーヒーをすすっていた。
 俺の本気度合いを確かめるつもりだと直感した。もう一度勝負しようと思った。
「ちょいとお嬢さん。俺、佐藤晴一。いきなりだけど君に運命感じちゃった。ほら見えるでしょ。ここに赤い糸が。ねえ俺にベル番教えて」
 同じ内容だが少し声を強めて言った。
 女性は義憤の混じったため息をつくと俺に顔だけを向けた。
「あなた何なの? どこを押せばそんな言葉が二回も出てくるのかしら?」
 透き通った声から発せられた温度の低い言葉に俺は恐れ戦いた。
「いや、ええと、ほら運命を感じたもんだから、つい……」
「あなたは初対面の人間に運命などという大それたことを抱く人物なのね。短絡的でどうしようもない人ね」
 女性は淡々と話し終えると、俺を見下すようにして顎をしゃくり顔の向きを戻した。
 諦めたくなかった俺はどう声をかけなおそうか、冷たくなったコーヒーを飲みながら考えた。
 だが何も浮かばず時計の針だけが進んだ。
 ふと女性の腰が浮いた気がした。目をやるとバッグを持って立ち上がろうとしていた。
 俺はオタオタして咄嗟に声をかけた。
「ちょいとお嬢さん。俺、佐藤晴一。いきなりだけど君に運命感じちゃった。ほら見えるでしょ。ここに赤い糸が。ねえ俺にベル番教えて」
 ――バチーン。
 右頬を平手打ちされた。
 尋常でない音が店内に鳴り響いた。
「ごめんなさい。つい反射的に暴力をふるってしまって」
 女性はペコリと頭を下げた。ふわっと揺れた黒髪が俺の頭をかすめシャンプーのいい匂いが鼻をくすぐった。
「大丈夫! それより話そうよ」
 俺はジンジンする右頬をさすりながら、殴られて話すきっかけができた! と心が高鳴った。
「三回も一字一句違わずに言うものだから侮辱されたような気がして。ホントごめんなさい」
「いいよ! それより、そっちは名前なんていうの?」
 俺は身を乗り出していた。

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