小説

『脇差し半兵衛』中杉誠志(『たがや』)

 そこで、おれは考えた。これだけの騒ぎを起こしたんだ、この殿様が生きていようが死んじまおうが、たが屋はただじゃ済むまい。島流しか、さらし首か。侍じゃないから切腹はない。たが屋はそれでしかたないが、問題は殿様だ。万一生き延びたなんてことになったら、たが屋は死に損じゃねえか。そんなのは、このおれの義侠心が許さねえ。
 斬ろう。
 そう思った瞬間、おれは脇差しの柄に手をかけていた。
 ドーン!
 花火が上がる。
 パラパラ……。
 光が空に散っていく。
「やああああっ!」
 たが屋が裂帛の気合いとともに、天をつくような上段に刀を構えた。でも、やっぱり剣の心得なんてないから、間合いが全然足りてない。三人斬ったのはまぐれだな。それでも殿様はすくんでるが、このままたが屋が空振りすれば、我に返って反撃に移るかもしれない。
 おれは拳を掲げて囃す野次馬に紛れて、鯉口を切った。脇差しの居合抜きじゃ、首を飛ばすのはまず無理だ。居合抜きは片手だからな。人間の首ってのは固いもんだ。しかし両手を添えて、しっかり背中で振れば、脇差しでも斬れないことはない。
 おれは居合斬りをわざと空振りさせ、素早く上段に構える。構えた、と思った瞬間に振り下ろし、殿様の首を跳ねた。そのとき、たが屋もちょうど刀を振り下ろした。おれが気を遣って殿様の首を左側から右側に、袈裟斬りっぽく斬ったおかげで、太刀筋だけは一致している。どう見たって届いてないのに、熱狂する町人たちは気づかない。たが屋自身も、自分が斬ったと思い込んだんだろう。花火みたいに跳ね上がる殿様の首を見て、一斉に声を上げた。
「たーがやー!」
 町人どもが花火を見るように首の行方に目を向けた瞬間、おれは誰にも知られないように脇差しを鞘に戻した。
 これでたが屋は、この夜の英雄だ。でもきっとすぐに捕縛され、奉行所に連れてかれて、お裁きが下る。そこまではおれの知ったこっちゃない。おれは新調した脇差しの試し斬りができて満足。ついでに親父の仇討ちも果たせた。町人たちもこの見世物を喜んでて、たが屋自身もいまはおだてられていい気分。殿様一行は自業自得で、誰も損したやつはいない。いい気分だ。
 次の花火が夜空に弾ける。でも、もうたいてい終いだろう。祭りは終わりだ。
 おれは花火と、たが屋を取り巻くつかの間の熱狂に背を向け、素知らぬ顔でそこを離れた。

1 2 3 4