小説

『脇差し半兵衛』中杉誠志(『たがや』)

(次の花火が打ち上がって、あたりが一瞬の静寂と闇に包まれたら、その隙に乗じて斬ってやろう)
 背中の命令が具体的になる。頭のほうも、それでいいと同調を始める。しかし、思いのほか次の花火が急に上がって、ちょっと出鼻をくじかれた。
 一方、その花火を号砲がわりにしたのが、家来のひとりだ。中段に構えた刀を、これまた教本通りに頭の上まで振りかぶる。なるほど、型の稽古なら優等生だ。でも実戦ではどうかね。
 そこで、それまで平伏していたたが屋が、体を起こして型の優等生を見た。怯えた顔で足をばたばたさせて、不格好に欄干まで退く。型の優等生は、じりじりと摺り足で詰め寄り、頃合いを見計らって、たが屋の頭に刀を振り下ろした。
 ガキンッ!
 あーあー、バカヤロウ、道場剣術。間合いの測り方なんて、どんな道場でだって初歩の初歩で習うだろうに、測り損ねて、たが屋のかわりに欄干を斬り込みやがった。木にがっちり食い込んだ刀は、容易には抜けない。大工が鋸引くみたいにギーコギーコと刀を動かすまぬけな侍。恥さらしもいいとこだ。
 さあ、たが屋、逃げるならいまだぞ。おれは思ったが、しかし野次馬どもときたら、
「やっちまえ、たが屋ー!」
「刀を奪えー!」
 なんて、無責任なこといいやがる。いくら天下泰平時代の見せかけ武士だって、「お侍さま」と呼ばれるような人間が、侍の魂たる刀を手放すわきゃないだろう。
 あ、手放しやがった、バカ。
 代わって、囃し立てられたたが屋が、欄干に食い込んだ刀を引っこ抜いて体の前に構えたもんだから、野次馬どもは大喜びだ。剣の心得はないらしいが、毎日天秤棒担いで町じゅう歩き回ってるたが屋には、体力がある。窮鼠猫を噛むってのはこのことか。
 瞬く間に乱暴な一刀で優等生を斬り伏せ、残りの家来もばっさばっさと薙ぎ倒す。すげえな、たが屋。こりゃ、おれの出る幕はなさそうだ。
 ま、仇討ちなんて一文の得にもならないことをするよりは、その日暮らしを徹底したほうが将来のためになる。
 そうして、背中のうずきがすっかり鎮まっちまった、かと思った、そのとき。
 なんと殿様、たが屋にびびって後退りした結果、おれの目の前に来やがった。まあ、家来が次々斬られたら、後退りしたくもなるだろう。それはいいとして――おれに背中を向けてるから気づかないんだろうが、こいつ、おれの間合いに入ってる。脇差しの間合いだから、ほんの目と鼻の先。

1 2 3 4