「まるでタイムトラベラーみたいですね」とバーテンダーが彼女の目の前にグラスを置いてワインを注いだ。「こちらは甲州の穂坂で五月に収穫したばかりのワインになります」そのワインのラベルには活字で大きく「2015」と記されている。
それを見て「あなたにとっては十三年前のことよ」と、彼女は少し膨れ面で言った。
十三年前は私が十二歳のときだ。
「十三年前(彼女にとっては二週間前)に落ちたとき一人の男の子と会った?」
「会った」
と答えて、少しの間じっと私のことを見ていて、それから目を丸くさせて口をぽかんと開けた。目の前にいる男があのときの男の子だ、ということに気付いたようだった。酷く驚いていた。私も信じられなかった。
私はあのとき体験したことを話した。カーラが海に落ちた原因も非常用のドアの不具合のせいではないことが分かって、二人とも笑った。私がしたことだ。それで彼女は今ここにいる。
6
十三年前、私が山奥で見つけた飛行船は損傷が激しく二度と飛ばなかった。
カーラの飛行船だった。カーラともう一人同乗者がいた。彼女と同い年の女性だった。
その後すぐに仲間の飛行船が二人を助けに来た。カーラは乗ったが、連れは乗らなかった。
「もともと時間旅行には向かない性格だった」と、カーラはその連れのことを言った。「怖がりだったし、あのトラブルがあって余計に怯えてしまった」
トラブルとは、あの空間にいると通常の時間の流れから独立して過去や未来に移動してしまう、私が体験したあれのことだ。どうして突然そうなったのか、彼女たちにも原因は分からなかった。
それでなくても時間を移動して旅をすることは常にそれなりのリスクを伴っている、とカーラは言う。それに短い間隔でタイムトラベルすることは困難で必ず時間にズレが生じる、と。
連れの女性が飛行船から降りたことについて、カーラは、少し放っておけばそのうち思い直してくれるだろう、と考えていた。
それからカーラたちは一週間後に迎えに来ると決めて日時を設定し、飛行船で時間を移動した。しかし着いたとき、実際の月日は五年過ぎていて、その連れの女性は二十五歳になっていた。そして、そのときも彼女は飛行船に戻ることを拒んだ。ある一人の男性と出会い恋をしていたからだ。
カーラは飛行船を途中で降りていたその友だちの「かぐや姫」を連れ戻そうとして探していた。もちろん本名ではない。仲間に付けられたあだ名だ。男に恋をして戻らない友だちを皮肉めいてそう呼んでいた。