意識はあるが、だいぶ疲労している様子で、四つ這いになってしばらく波打ち際のところから動けずにいた。若い女性だった。
泊まっているホテルの部屋の窓から光が海へ落ちていくのを見たことを話すと、彼女はシャワーを貸してほしいと言った。人を騙そうとしてわざわざ空から落ちてきて命がけで海を泳ぐ人間はいないだろう。彼女を部屋に案内した後、私はホテルの中にあったバーで彼女を待っていた。
一時間ほどして、バーで彼女から部屋の鍵を返された。それからカウンター席の私の隣に腰かけてメニューを見た。
「初めて出会った男によくこういうことを頼むの?」と、私は聞いた。
「こういうこと?」
「シャワーを貸してほしいとか」
「頼まない」と、彼女は正面を向いて言い、ビールを注文した。「死ぬほど泳いだから死ぬほど喉が渇いた」
「夜の海でよく泳ぐの?」と、私は聞いた。
「泳がない」彼女は言った。「飛行船から落ちたのよ」
「そう」と、私は興味がないように言った。でも実際は聞きたいことがたくさんあった。「それはどこからどこへ向かう飛行船?」
彼女はビールを一気に飲み干して二杯目を注文した。
「あの飛行船は未来にしか行けない」
彼女の話はまるでおとぎ話を聞いているようだった。しかし聞いていて退屈はしなかった。名前はカーラ。彼女は自分のことを、時間旅行者だと言った。飛行船に乗って過去から未来へ向かっている、と。
時間旅行という言葉を耳にしたとき、不思議な感じがした。まだ夢の続きを見ているような。
「パラシュートもつけていなかったから」と、カーラは飛行船から落ちたことを言った。「地面だったら即死だった」
「何で落とされたの?」
「落とされた?」カーラは言った。「ただ、落ちたの。何かの不具合で勝手に非常用のドアが開いて、そこから落ちた」
私は十二歳のときに飛行船から海に落ちた体験のことを思い出していた。あるいは少し前に見た夢のことだ。
「落ちたのは何度目?」
「何度目?」と、彼女は私の方を向いて聞き返した。「初めてよ」
「飛行船ごと落ちたことは?」
「それなら二週間前に落ちた」
「二週間前?」
それからカーラが私に一つ質問したとき、それを目の前で聞いていたバーテンダーと私とで思わず顔を見合わせた。「今が西暦何年か、彼女に教えてあげてください」と、私はバーテンダーに言った。