小説

『ツエツペリンNT号の誘因』イワタツヨシ(『かぐや姫』)

 どのくらいそこに立ち尽くしていただろう。ふと、茂みの奥の方から人の話し声が聞こえたような気がした。じっとして耳を澄ませていると、草木の葉が擦れる音に混じって人の話し声が聞こえた。やはり茂みの奥に誰かがいる。
 間もなく、茂みの中に人影が見えた。一瞬だったが、私は顔を見た。二十歳くらいの若い女性だった。それで私は咄嗟にドアを開けて中へ入った。逃げる場所を間違えた、と思ったが、もう遅かった。


 飛行船の中は暗かった。何本ものコード線が天井から垂れ下がり、導線がむき出しになったところやその切れ端が電気回路に接触したところでパチッパチッと火花が散っていて、すでに配線被覆が燃え出している箇所もあった。熱がたまっているせいか中は酷く暑かった。人は見当たらない。
 外で見た女性には気付かれなかったはずだ。しかし逃げるにしても、今入ってきたドアから出ていくしかないから、もう少しここでじっとしていた方がよいだろう。私はコックピットの座席の下に潜り込み、身を潜めてその機会を待っていた。ずっと胸のどきどきが止まらず、息苦しく、酷い頭痛がした。

 それから少しの間、私は気を失っていたようだった。閉じていた目を開けると、飛行船の中が明るくなっていた。空気が冷たい。短絡も生じていない。天井から垂れ下がったコード線はどれもどこかの装置に伸びて繋がり、装置の部品は一つも破損していなく、スイッチのランプがついていた。飛行船の中だが、まるで意識を失う前と後で違うところにいるようだった。
さっき入ってきたところを戻って外へ出ようと思ったが、そこはドアが閉まり、ロックがかかっていた。部屋を出ていく通路があった。そこにドアはない。その暗い通路を奥へと進んだ。私は出口を探していた。
 通路の先は行き止まりだったが、ちょうどそこに外へ出られそうなドアが一つあった。非常用のドアのようだった。ドアの脇にレバーがあり、レバーは透明なプラスチックのケースに囲われていた。そのケースは簡単に開いた。しかしそのとき、誰かがライトを照らして通路をこちらへ歩いてきた。袋小路で、もうどこにも隠れるようなところはなく、私はただ小さく身を丸めてじっとしているしかなかった。
 ライトの明かりに照らされた。間もなくその大人は私の目の前で立ち止まった。私は覚悟して顔を上げた。若い女性だった。外で見た女性とは別人だ。
 けれどその女性は私に驚きもせず、声をかけてもこなかった。彼女はレバーのケースを閉めようとしていた。しかし彼女より私の方が一瞬早く手を伸ばしてレバーを上げた。すると非常用のドアが開いた。そして私は躊躇わずそこから外へと飛び出した。しかし勢いよく踏み出した瞬間、着地するところがなく、そのまま空中で一回転した。

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