小説

『ツエツペリンNT号の誘因』イワタツヨシ(『かぐや姫』)

 しかしその四機から遅れるようにして、同じ方角からもう一機が飛んできた。ただ、それは様子がおかしかった。低速なうえ低空飛行でふらついていた。そして、ちょうど上空の辺りで航路を大きく逸れていった。山の方へ。私は、あれはもう墜落するぞ、と思い、何秒間か息を止めて耳を澄ましていた。しかしそれから墜落して爆発するような音は聞こえてこなかった。
 それでも私は、飛行船は絶対に落ちた、と思い、そこまで確かめに行くことにした。すぐに友だちに電話をかけて、待ち合わせる場所だけ伝えて電話を切り、自転車を走らせた。

 人口の少ない田舎町だ。私の実家より山側の地域には民家も数えられるほどしかなかった。だからその辺りでは滅多に車も歩く人も見かけない。夏に子供たちが虫取りをすること以外、誰もその山に用事はなかった。何もない山だ。
 実家から緩やかな坂道を一キロほど上っていくと山道の入り口があった。そこで友だちと待ち合わせていたが彼はまだ来ていなかった。来るか分からないし、待っているつもりもなかった。
 そこからの道は舗装されていなく、そのうえ坂の勾配が一気にきつくなる。私は休むことなく自転車のペダルをこぎ続けた。さらに二キロ進むと、そこに壁のような坂道が立ちはだかる。そこまで来ると私は坂道の手前で自転車を乗り捨てた。
坂道を上りきった場所は、木々が切り開かれて土地が平坦になっていた。その一画は昔、町が貯水池を建設しようと計画した場所だった。木々を伐採して穴を掘りはじめたが、その工事の途中で豪雨による土砂崩れがあり計画を断念したのだ。
若い木立や大人の背丈よりも高い雑草で覆われていた。耳を傾けても、葉がそよぐ音か鳥のさえずりしか聞こえなかった。静かで、ここに飛行船が墜落したとは到底思えなかった。けれどその反面、気持ちが高揚していた。この先に足を踏み入れて確かめずにはいられなかった。
 そうして私は茂みの中へ入り、背丈の高い草木をかき分け、道を作るように雑草を足で踏みつぶして少しずつ奥へと入っていった。何が出てくるか分からないところを進むことは気分が悪かったが、もう少しだけ、と心の中で何度か言い聞かせて進んだ。
 それもやがて限界が来て、もう諦めて引き返そうと思った。しかしそのとき見つけた。
 それは細長い楕円の形で、そこにあると怪獣の卵のようだったが、飛行船に違いなかった。すぐにドアを見つけた。そのドアは開きかけていた。
 誰か中にいるだろうか。そのドアを開く前に飛行船の周囲を歩いて確かめようと思ったが、反対側は草木が密生していて歩けそうになかった。
 ドアを開けて中へ入ることにした。しかしドアノブに手をかけた途端、怖くなり、悪ことばかり考えた。これ以上先に進めば二度と戻って来られないような気がした。

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