小説

『ツエツペリンNT号の誘因』イワタツヨシ(『かぐや姫』)

 しばらくして部屋のベルが鳴って、新郎で友人のシュウが部屋に入ってきた。彼とは実家が隣同士で、十歳年上だった彼は私にとってずっと兄のような存在だった。彼は三十五歳になり、今は神戸に暮らしていた。大手銀行に勤め、半年前に課長に昇進し、結婚もして順風満帆という感じだった。
 シュウは電話で誰かと話しながら部屋に入ってきて、電話を続けながら部屋の中を行ったり来たりしていた。仕事の話のようだった。途中で彼はベッドに座り込み、話しながらベッドスタンドの脇にあったメモ帳に手を伸ばして何かを書いた。後で見ると、そこには「10,000,000」という数字が書かれていた。おそらく、どこかの企業に融資する金額だろう。
 結局、彼の電話は終わらなかった。電話を続けながら私の傍に来て、ごめんという仕草をして部屋から出ていった。

 再び一人になった後、私は眠ってしまい、不覚にも二次会もその後の約束もすべてすっぽかしてしまった。
 どれだけの時間、眠っていただろうか。その眠りの中で長い夢を見た。途中で何度か目を覚ましたような気もする。電話の着信が何件も残っていた。


 初めのうち、その夢は私の子供の頃の記憶だった。
 子供の頃にはよく飛行船を目にした。実家の二階の窓や小学校の教室の窓から飛行船を見ていたことを覚えている。
 ツェッペリンNT号。飛行船の名称だ。後で調べて分かったことだが、それはドイツの企業により開発された飛行船で、日本では二〇〇二年から二〇〇九年にかけて埼玉県桶川市の本田エアポートを運航基地にして国内各地を巡航していた。
 二〇〇三年、私が見ていたのは、桶川、浜松間のコースを運航する飛行船だった。そのゴンドラには乗員二名と乗客十二名が搭乗でき、地上三百メートル以上の高度を最高時速百二十五キロで飛行していたそうだ。そのとき私は十二歳だった。きっとツェッペリンNT号以外の飛行船も目にしていただろう。しかし私は飛行船の種類に詳しくないし、今思い出そうとしても難しい。
 それから近隣に自衛隊の御殿場基地があり、ときどき戦闘機が町の上空を通過していくこともあった。

 その十二歳のある日の午後、私は家の窓からツェッペリンNT号が上空を通過していくのを見ていた。どのくらい空を眺めていただろう。何か考えごとをしていて、ふと気付くと、もう飛行船はどこにも見当たらなくなっていた。
 しばらくぼんやりと空を眺めていると、今度は、ダイヤモンド型の編隊を組んだ四機の飛行船のようなものが上空を過ぎていった。飛行船のようなもの、と言うのは、これまでに見たことのない形をしていたからだ。下から見ると、それはツェッペリンNT号のように細長い楕円の形をしていたが、ゴンドラはなく、後ろから見ると、平べったい形をしていた。ぼんやりとしているうちに凄まじい速度で過ぎ去ってしまったので、気のせいだったかもしれない、という感覚にもなった。

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