小説

『再会』中杉誠志

 しばらくのあいだは、お互いの現在の暮らしぶりや、デー氏の成功についてなど、当たり障りのない会話がつづいた。しかし、そんな話をしに来たわけではない。
 デー氏は頃合いを見計らって、本題を切り出した。
「私と一晩、寝てくれないか」
 冗談と受け取ったのだろう、女は笑って首を横に振った。
「なにをいうの。私、人妻よ。それに、社長さんならいくらでも若くてきれいな女の子と付き合えるんじゃないの」
「これでどうだ」
 デー氏は懐から札束を取り出し、無造作にリビングテーブルの上に投げ出した。今朝の女なら十日は買える金額だった。女は真顔になる。
「冗談はやめて。笑える冗談ならいいけど、これは笑えないわ」
「いいや、冗談なんかじゃない。これはビジネスだ。私は君と契約がしたい。一晩だけなら百万。二晩なら二百万。無制限ならば……」
 あえて言葉を継がず、今度は金額の書き込まれていない小切手を、札束の隣に置いた。女は無表情に札束と小切手を見つめていたが、やがてため息をひとつついた。
「……昔のあなたのほうが素敵だったわ。お金はなかったけれど、情熱的で」
「いまでも情熱は持っているつもりだ。君への報酬が、その情熱の証だ」
「いいえ、私にはそうは見えないわ。ただの肥えたブタよ。愛に飢えた醜いブタ。お金で愛を買えると思っている、あわれなブタだわ」
 デー氏は眉間にしわを寄せ、低くうなるような声でつぶやく。
「……いまここで無理矢理君を犯しても、簡単に揉み消すことはできるんだぞ」
「でしょうね。天下の大企業の社長さんなら。でもそれは、あなたが本当に求めていることじゃない。そうでしょう?」
 女はひるまなかった。かえってデー氏は虚をつかれた。金で動かない女には、久しく会っていなかった。
「もう帰って。そのほうがいいわ、お互いのために」
「……後悔するぞ。君の旦那が一生かかっても、どころか孫の代までかかっても絶対に手に入らない金額を、君は、たった数日私と過ごすだけで手に入れられるというのに」
 そのとき女は、あわれむような目でデー氏を見た。
「……私とあなたが別れた理由、覚えてないの?」
「覚えてない」
「あなたは、大金持ちになりたいといっていた。ビッグになりたい、って。そうして有言実行したんだから立派だけれど、でもそれは、私の望んだ恋人の姿じゃなかった。つまり、価値観の違いよね」

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