小説

『再会』中杉誠志

 しかし、近頃、急にその女に会いたい気持ちが起こった。金のない時代の自分を愛してくれた、唯一の女。デー氏にとっては、娼婦でない、ただひとりの女だった。
 そこでデー氏は、数日前に探偵を雇った。調査は順調に進み、すぐに元恋人の行方がわかった。すでに結婚していて、家は郊外にあり、子供もひとりいるということがわかっている。彼女は専業主婦で始終家におり、夫は公務員で平日の昼間は家にいないという。デー氏は、これからその家を訪ねてみるつもりでいる。
 醜い体にシャワーを浴びて、高級なスーツを身にまとう。高級な香水の香りを振りまきながら、高級かつ高層なマンションの地下にある駐車場に赴き、専属運転手に短く告げた。
「出るぞ」
「かしこまりました」
 心得顔の運転手は、ごく一般的な車の後部座席ドアを開けた。デー氏はほかに高級車をいくつも所有していたが、それらで一般家庭に乗り付けるのはおかしい。デー氏は、その醜い体を、固い安物のシートの上に滑り込ませた。

 その家に着いたのは、昼前である。デー氏は、車を近くのパーキングに停めさせ、運転手にもそこで待つように命じた。そしてひとり、狭い庭のついた二階建ての一軒家の玄関前に立った。本邸以外にいくつも別荘を持つデー氏には、犬小屋同然の家だった。
 インターホンのボタンを押す。まもなく懐かしい声が聞こえてきた。
「はい。どちらさまでしょうか」
 デー氏は自分の名を告げ、たまたま近くを通りかかったのだという見え透いた嘘を並べた。女は不審そうな声で応対しながらも、いちおうドアを開けてくれた。まるで化粧っ気のない、中年肥りの地味な女が出てきた。記憶のなかでは、もう少し美人だったな……とデー氏は人間の持つ過去の美化という悪癖をおかしく思った。
「やあ。ひさしぶり」
「ええ、本当に。びっくりしたわ、いきなりだもの。どうして私がここに住んでいると?」
「たまたま知ったのさ。中に入ってもいいかい」
「ええ、少しのあいだなら」
 デー氏はリビングに通された。安物のソファに腰かけて待っていると、女が紅茶を淹れて持ってきた。安物の香りだったが、それでもこのあたりの食料品店で買えるもっとも高級な品にはちがいない。
「再会を祝して」
「紅茶で乾杯なんて、おかしいけど」
 陶器の触れ合う音が、デー氏の胸に響いた。長い時間を経て、容姿は多少劣化しても、かつて恋した相手の持つ不思議な魅力は、ほとんど変わっていなかった。

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