小説

『Twenty Lives in a Bus』室市雅則

 以前、花火大会の夜で満席の時に、彼女を乗せたことがあるが、他のお客さんが譲っても頑として優先席に座らなかった。他の席のお客さんが譲っても断っていた。人から譲られるのが嫌いなのかもしれない。
 でも、『コの字』でフラフラされても、座ってもらった方がこちらとしても安心なので、マイクで声をかけたが無視をされた。
 おばあさんはいつもワカメちゃんの後ろに座る。
 ワカメちゃんが挨拶をすると『コの字』のまま返事をするので、おばあさんはワカメちゃんがおかまだって知らないかもしれない。それに、勝俣自身もおばあさんの顔を見たことがないことに気が付いた。顔を上げたら実は自分の母親だったとかだったら愉快だなと思いながら赤信号で停まった。

 次はリエちゃんがワカメちゃんと並んで座らない理由が乗ってくる。
 男子高に通う三年生のダイスケ君だ。
 野球部の彼は丸刈りで年中日焼けをしている。
 彼はまだ空席があるにも関わらず、リエちゃんの横に立つ。
 そして、顔を赤らめ小さな声で『おはようございます』とリエちゃんに言って、あとはずっと外を見るふりをして、リエちゃんをチラチラと見ている。
 明らかにダイスケ君はリエちゃんのことが好きだ。リエちゃんもどうやら同じ気持ちのようだ。だから、ワカメちゃんと横並びに座らないのだろうけど、どうも二人の距離は縮まらない。
 ワカメちゃんが上手く間を取ろうとしたこともあったが、ダイスケ君が耳まで真っ赤にさせただけで終わってしまった。それから、ワカメちゃんは静観を貫いている。
 そして、悲しいことにダイスケ君がリエちゃんを眺めることができる幸福な時間はバス停二つ分で終わってしまう。

 『パンダ公園前』(ジャングルジムからブランコまでパンダが飾られている)のバス停では大学で哲学を教えているフランス人男性が乗ってくる。
 この町にいる唯一の外国人の彼は年から年中Tシャツで過ごしている。雪が降った日もTシャツだったのには驚いた。
 彼は日本人の女性と結婚をし、帰化をしている。だから名前は『今川丸九(マルク)』と名乗っている。何故、この漢字にしたかと言うと『丸』は縁起が良く、それが『九つ』もあるなんて幸せだからとの理由らしい。
 どうしてこんなに詳しいのかと言うと、勝俣の娘の同級生が結婚相手で、娘からその話をよく聞くからだ。
 彼の指定席は運転席に向かって一番左の席。
 勝俣に『お早うございます』と流暢に言って、座ると駅に着くまでずっと目を閉じている。初めは、さすが哲学者、移動の時も思索に耽るのかと思っていたが、単に寝ているだけらしく、たまに体をビクンとさせている。

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