小説

『Twenty Lives in a Bus』室市雅則

 勝俣としては、マッチョが重いショルダーで、ヒョロヒョロ男性が手ぶらであれば、バランスは良いのになと思っていた。
 
 そんな三人がバス停に立っている。その順番は日によって違うのだけれど、お互いに、暗黙のルールがあるのか、座る位置はいつも決まっている。
 そして、三人の唯一の共通点は、三人とも結婚指輪をしていること。それぞれの家族を支えている。そんな彼らを送り届けることが勝俣の使命と考えると誇らしく思えた。
 今日も各自が定位置に座ったのを見届けて、勝俣はバスを出発させた。

 二つほど、いつも誰も乗らないバス停を過ぎる。 
 長い運転手歴の中でも、勝俣はこの二つからお客さんを乗せたことがない。
 仲間に聞いてみても乗せたことがないらしい。
 畑のど真ん中にあるからだとは思うが、何故、ここに設置されたのか誰も分からない。

 次のお客さんは、おかまのワカメちゃん。
 昼夜逆転の仕事をしているから、朝はヒゲが伸びてファンデーションが浮いている。 
 この町に一軒だけあるおかまバー『にじいろ』の経営者(店員もワカメちゃんだけ)である。畑のそばにポツンとある店。おかまちゃん自体もこの町でときっとただ一人で、みんなが知っている名物人間。テレビがブラウン管だった頃に『畑の真ん中のおかまバー』と題されてテレビにも出たことを今でも自慢している。
 ワカメちゃんとリエちゃんは仲が良い。リエちゃんの後ろにワカメちゃんは座り、リエちゃんは首を後ろに向けて話している。
 窮屈な体勢をとるなら横掛けの席に座れば良いのだけど、これには理由があった。それはもう少ししたら分かる。
 勝俣の耳に届いた今日の話題は、現在来日中の外国人歌手についてで、リエちゃんは黄色い声、ワカメちゃんは酒焼けの黄色い声で盛り上がっていた。

 そうこうしていると『コの字』のおばあさんのバス停に到着した。
 前が見えていないくらい腰が『くの字』を超えて『コの字』に曲がっている。さらに、行商なのか大荷物を背負っているから、荷物だけが移動しているようにも見えてホラーだ。
 彼女を見るたびに、勝俣は実家の両親のことを思い出す。
 まだまだ健在なのは良いが、遠く離れているから不安もある。一緒に暮らそうと提案したこともあったけれど、住み慣れた家から離れたくないと断られてしまった。何度言ってもその態度は変わらない。年齢のせいだろうか。
 『コの字』のおばあさんも頑固なところがある。
 それは、決して優先席に座らないことだ。

1 2 3 4 5