小説

『埋葬猫』山田密(『累が淵、鍋島の化け猫』)

 僕ですか? さあ、どうでしょうねえ、まあ少なくとも僕がこの家に来た時からスケはずっとこのままですね。そう三十年近くになるかな。同じ猫なんじゃいかと思いますよ。ホラ、左目が潰れているでしょ、これはこの家に来て直ぐに類の父親に潰されたらしいですよ。おいおいお客さんの足にじゃれるんじゃないよ。スケ、こっちに来い。
 ああ、失礼話の続きですが、類の母親は夫から虐待を受けていた上にタイスケを殺されたとずっと疑っていたようで、良くこのスケに恨み言を囁いていたそうです。いつも母親の傍にいた類はその囁きを訊きながら育ったんです。
 類が七歳の時、自分たちが殺したタイスケとそっくりな類を見ているのが耐え切れなくなつたのか、普段は邪険にして毛嫌いしていた類を母親には内緒だと云って、舅姑、類の祖父母が向こうの山の畑に一緒に連れて行ったそうです。その日は飴をくれたり菓子をくれたり、何かと猫なで声で親切にしてくれたらしく幼い類は何となく違和感を感じていた。でも、スケが着いて来ていたので安心していたそうです。秋も深まる頃で風がとても冷たかったと云っていました。
 山の畑に行く途中に沼がありました。まあまあ大きな沼で冬になると水面が凍って滑って遊ぶことも出来ました。僕もいい歳をして遊んだ事があります。深さも結構あるんじゃないでしょうか。その沼のところに来ると祖父が少し休もうと云い、類に沼に魚がいるか覗いてみろと云ったそうです。スケが突然ニャアニャアうるさく鳴き始めたけど、云われるまま沼のほとりに近付いて覗いて見たけど濁った水の中に初めは何も見えず振り向こうとした時、大きな水音がして突然水面に祖父母の驚いたような怯えたような顔が見えた。
 二人は少しの間苦しそうに必死にもがいていましたが、暫くすると体から力が抜け沼に沈んだそうです。類は云っていました。きっと自分を沼に突き落として殺そうとした祖父母を沼に突き落とし、スケが助けてくれたんだと。
 両親が類を殺そうと連れ出したのを知っていた筈の父親は、両親を殺したのが類かもしくは妻ではないかと疑心暗鬼を抱くようになり、母親と類を一層疎んじるようになり暴力も激しくなったそうです。。そんな生活に疲れたのか、はたまた夫が殺したのか、類が十三歳の時、納屋の中でナタで首を切って死んでいる母親を見つけたんです。その傍にはこのスケがいて母親の血をぺろぺろ舐めていたそうですよ。口の周りを血だらけにして滴る血に舌なめずりしながら。
 気味が悪いですか? ハハそうでしょう。そして、父親が死んだのは類が二十歳の誕生日、もともと酒びたりで頭も少しおかしくなっていたらしく、スケを異常に怖がって何度も殺そうとして失敗して、とうとうホラ、そこの庭の梅ノ木にロープを掛けて首を括ってしまった。
 鍋島の家は類一人になってしまいましたが、二十歳になっていましたからね問題なく家を継いで二十三の時、僕と結婚したわけですよ。何で結婚前の事情にこんなに詳しいのかって、無口な類もスケに良く話していたのを訊いてたからですよ。なあ、スケ。
 それで、ああ、類が死んだ時ですか。それは僕がちゃんと見ていましたよ。まあ、お恥ずかしい話、僕は実際女には不自由しなかったものでほんの遊びの積もりで、類が留守の間スナックで知り合った女を家に呼んで、まあ、何していたわけです。イタっこら噛むなスケ。おおイテ。何度かそんな事をしていましたが類は勘が良いところがあって、バレてしまった。それでも類は僕を責める事も無く特別文句を云わなかったんですよ。やっぱり自分がブスなのを気にしていたんですね。だもんだから女が図に乗りまして家に居ついてしまったんです。僕は出て行くように云いましたけどね。

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