小説

『ラプンツェルとハゲ王子』矢鳴蘭々海(『ラプンツェル』)

「では、どこか食べに行きますか」
 玉西さんに言われて私も立ち上がると、待合室のガラスに自分の姿が映った。シルエットだけ見ると、まるでお姫様のようだった。

 玉西さんと私は駅近くのレストランに入った。道の途中ですれ違う男性の何人かから視線を感じた私は、異性の注目につい有頂天になった。
「玉西さんって魔法使いみたいですね」
「魔法は僕ではなくて、コスメが生み出すものです」
「こんな生まれ変わったような気持ち、久しぶりです」
「それにしても」と、玉西さんは食事が運ばれてくるのを待ちながら続けた。
「また前みたいに昼過ぎまで寝ていたんですか?」
「う……まあ、昨日は今日の準備もあったし」
「夜更かしは肌だけでなく体調にも良くありません。仕事に差し支えませんか?」
「実は、先月で仕事クビになったんです」
 思いきって言うと、手を拭いていた玉西さんの動きが一瞬止まった。
「寝坊のしすぎですか?」
「失礼な。こう見えても一番出社だったんですよ」
 私は玉西さんに経緯を説明した。勤務態度は客観的にも真面目だと評価されていたこと。歯車が狂い始めたのは、直属の男上司に私の母が仲人をしていると知られてからだったこと。
「母のことが自慢だったから、ついアピールしてしまったんです」
「それで?」
「その上司から頼まれたんです。母に自分の仲人になって良縁を見つけてほしいって」
 上司はいわゆる「生理的に無理」なタイプだった。しかも自分の年齢を棚に上げ、相手の希望は「20代前半の美人」と理想が高く、母が苦労して見つけてきた相手にことごとく振られても、絶対に条件を下げなかった。相手が見つからないまま月日は流れ、上司の私への態度は目に見えてキツくなっていった。それでも母に心配をかけたくなかった私は、普段通りを装って会社へ通い続けた。
「そんな時、会社の業績不振に伴うリストラが実施されたんです」
「じゃあ、野田さんは上司の逆恨みでその対象者に?」

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