小説

『ラプンツェルとハゲ王子』矢鳴蘭々海(『ラプンツェル』)

 駅の中で人気のない待合い室に入ると、彼は私を椅子に座らせた。そして、持っていた黒カバンから化粧品セットらしきポーチを取り出すと私の横に座った。
「これを持って、よく見ていてください」
 そう言われて手鏡を渡された私は、中に映った自分の顔を見つめた。その横で玉西さんは、アルコールティッシュで自分の手を拭いている。
「メイクを一旦落とします。じっとしていてください」
 言い終わる間もなく、彼は素早くクレンジング液らしきものをコットンに含ませて、私の顔を拭き始めた。
「土台からやり直し?」
「そもそも、あなたはファンデーションの選び方が間違っています。乾燥肌でだいぶ荒れているし、目の下のクマも全然隠しきれていない。唇がガサガサで口紅が痛々しい」
「う……」
 的を射た指摘に何も言い返せなくなった私に構わず、玉西さんは化粧水と乳液をコットンに含ませて私の顔に広げていった。百合を思わせる良い匂いが顔中を包んだ。
「次に塗るのは、昨年うちの部署で開発されたリキッドタイプのファンデーションです。ヒアルロン酸やコラーゲンが含まれているから保湿機能が抜群にいい。それに、これから強くなっていく紫外線を反射させる原料も混合されています」
 玉西さんは説明しながら手早くファンデーションを私の顔に塗っていった。厳しい口調とは裏腹に、彼の指触りは優しく且つ的確に動いて、私の素肌をみずみずしい美白に塗り替えていった。鏡の中の自分がみるみる明るくなっていくのを見ていると、気分も徐々に高揚してきた。男の人に触られているという意識はあまりなくて、空気みたいな自然な安心感を覚えた。
 玉西さんがアイメイクと眉毛描きを終えた頃、鏡に映っているのは今までとは比べものにならないほど、輝く自信に溢れる自分だった。
「こんなもんでしょう」
 そう言いながらも、玉西さんは満足そうだった。
「すごく素敵。さすがプロですね」
「検証するには商品を使いこなせないと、話になりませんからね」
玉西さんが笑って、彼の歯と頭がキラリと光った。
「それと、その髪も一工夫しましょう」
 私の長くてつやつや光る髪を、玉西さんは疾風の早さでセットしていった。綺麗な編み込みが頭頂部をぐるりと囲み、ストレートヘアーがふわりと背中を包む。

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