狼狽して母を見ると、ウインクしてこう言われた。
「お見合いしたくないのなら仕方ないわね。でもいま断ったら、あなたは一生パジャマ姿にスッピンのままで玉西さんの記憶に残るでしょうね」
男の人とデートするなんて何年ぶりだろう。気の合わない奴、いや、気の合わないどころか気の食わない奴だからこそ、最高の私を見せつけてやる。デート服を真剣に選ぶ私を、母はどこか楽しげに見ていた。
「結衣(ゆい)がそんなに夢中になるの、久しぶりに見たわ」
「もう、他人事だと思って。お母さんが余計な提案したせいでしょ」
「だって玉西さんってさ、磨けば光る原石って感じがしたの」
「頭は既に光ってますけど」
「真面目な話よ。仕事に熱心な人が女の子に優しくできれば、きっと良いお父さんになれるはずよ」
「それって、つまり……」
「結衣なら、彼の固い頭をときほぐしてくれると思ったの」
「毛でも生やせば、少しは柔らかく見えるんじゃない?」
母はクスッと笑うと、私の肩にそっと手を置いた。その手に少し力がこもる。
「彼の前では、そういうこと言っちゃダメよ。頭のせいで断られたとかあったら、気の毒でしょう」
「あの性格じゃ、ハゲてなくても断られるって」
「とにかく約束してね。根は優しい子なんだから」
「はいはい。そういえば玉西さんって何歳なの?」
「ああ見えてまだ35よ。結衣とは8歳差だけど、ギリギリ許容範囲でしょ?」
「何回も言うけど、あくまで見返すためのデートだからね。その気はありません」
肩をすくめて母が去って行くと、私は自分の部屋の窓に近づいて立った。外はすっかり闇に包まれている。ここはマンションの15階で、少し離れた周りの建物の窓から、小さいけどくっきりした光が幾つもこぼれている。その光の中には確かに人がいるはずなのに、夜の闇がマンションと周囲を隔てているせいで、ぽつんとそびえ立つ城のように孤立していた。
母は私が3歳の頃に離婚した後、仲人を本業にしながら女手一つで私を育ててくれた。シングルマザーというと生活苦のイメージがあるけど、仲人の才能に恵まれた母は十分な収入を稼いでくれた。そのおかげで私は小さい頃からこの高層マンションに住んで何不自由ない生活を送り、何かと家に来る仲人のオバチャンたちに可愛がってもらったおかげで、孤独な思いはあまりしなかった。