小説

『ラプンツェルとハゲ王子』矢鳴蘭々海(『ラプンツェル』)

 私が「2」のボタンを押す間、玉西さんは台の横に回り込んで、必死の形相でクレーンを見続けた。
「ハゲの顔ウケる(笑)」
「そんなカネあるならヅラ買いなよ」
「ロングの人、髪分けてあげたら(笑)」
 女子たちの悪口が玉西さんの顔を一瞬曇らせ、クレーンの位置がわずかにネコから通り過ぎてしまった。
「すみません、つい」
「負けちゃダメですよ!玉西さんは素敵な人だから!」
 ゲーセンの騒々しい雰囲気の中、自分でも不思議なほど大きな声が出た。
「いきなりコクってる(笑)」
 女子たちの嘲笑は、もう私には届かなかった。
「そこらへんの髪の毛ある男の人より、玉西さんの方がずっと魅力的だから!私に魔法かけてくれた、素敵な人だから!」
「……野田さん」
 玉西さんは、頭まで真っ赤にしながら私を見ていた。私も顔が火照って体が熱い。胸の鼓動が、吐く息と一緒に震えている。
「では、もう少し僕に付き合ってもらえますか?」
「はい!」
 深呼吸をしてボタンに手を置くと、ワクワクする気持ちが溢れ出した。
「スタート!」
 玉西さんの声がどこか弾んで聞こえた。みんなで一斉に駆け出すみたいに、楽しい。
「ストップ!」
 彼の合図でボタンから指を離すと、ちょうど良い角度にクレーンが来た。玉西さんが台の横に立って、ネコとクレーンの間の距離を測る。透明ケース越しに目が合うと、玉西さんはニコッと優しく微笑んだ。
(ハゲの王子様……か)
「次のボタン、スタート!」
 私の指が「2」のボタンを押して少しすると、玉西さんから止めるよう声が上がった。
「これでとれると思います」と玉西さん。
「もしダメでも、何回でもやりましょ!とれるまで何回でも」
 気になって横をのぞきこむと、私の肩が玉西さんの肩に軽く触れた。「水」と「油」みたいに、混ざり合えそうになかった二人の境界が、いつの間にか無くなろうとしているのを感じた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12