小説

『楽園』西橋京佑(『桃太郎』)

 犬山が、声が響くことを少し楽しむように少し大きめの声で喋った。うるさいよ、と一応言ったのは門番がちらっとこっちを見たような気がしたからだ。
 そこから10分くらい歩き、駅の地下道から地上にあがるような階段が周りに出てきて、”Q146″と書かれた階段の前で止まった。
「ここです」
 進めば家があります。と、門番は言った。
「ありがとう。行っていいんですよね?」
 どうぞ、という代わりに門番は階段の前から身を引いた。
 階段を登っても、登っている感覚がないのはなんでだろう?と思っていたが、音が響かないからだとすぐに分かった。ここは、なんだかおかしな気持ちになる。一歩進むたびに、右の太ももあたりにヒンヤリとした感触がして、その度に僕は芯から震えていた。
「Q146」
 扉の前で、読み直した。ここで初めて、それがあいつの識別番号なんだと気がついた。ドアは青銅色で、すぐ横の壁にインターホンのような、ただの突起物のようなものがついている。
「これを押せっていうのかな?」
 人生において、まさか殺人犯の部屋のインターホンを押すことがあるとは。しかも、自分の妹を殺した。頭がおかしくなりそうだった。
 扉はすぐに開いた。中から、グレーのスウェットを着て頭を6mmぐらいに丸めた男がでてきた。頬はこけていて、それでいてヒゲは生えていなくてむしろ清潔感すら覚えた。
「やあ、あなたが桃井さんですね。くると思っていました。どうぞ」
 Q146は、旧友を招き入れるように僕らを中に通した。こいつ、狂ってる。
「なぜあなたの名前を知っているか?気になっているんでしょう。門番からくるんですよ、連絡が」
 Q146は一人で喋っていた。
「どうせなら、外に出ましょうか。気になってるでしょ?特にあなた」
 酉飼はビクッと震え上がった。当てられたこともよりも、僕に睨まれるのが怖くてそうなったんだと思う。
 Q146の住んでいる空間は、質素という言葉そのものだった。物はほぼなく、単なる四角い空間。僕らが入ったドアとちょうど真向かい側に、また別の青銅色のドアが付いていた。ドアを開けて向こう側に出ると、地面も遠くに見える壁も何もかもコンクリートで、灰色一色の世界だった。

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