小説

『楽園』西橋京佑(『桃太郎』)

 どう言う意味で?って言われても。犬山がチラチラと僕の顔を見ていた。
 もう僕は、何回この話をしたんだろう。複雑な気持ちになって、ため息がでてしまった。悲しい過去の話を、思い出したくないから喋りたくないっていうやつは嘘だと思う。一人じゃ抱えきれなくて思わず口に出してしまうことが、本当の悲しさじゃないかな。口に出さないうちは、まだ一人で抱えられる内容なんだ。そうじゃなかったら、僕だけが単に弱いやつだっていうことになるだけだけど。
「妹。4つ下でさ、まだ高校生のときに死んじゃったんだよね。
 明るくて、犬みたいに人懐っこくて、かまって欲しがりで。つかみどころがないし、どういう価値観で動いているのか今でもさっぱりわからないんだけど、自分は誰かの心の中にずっといたい、それも一番でありたいってことだけを考えていたようなやつだった。それでもいいやつには変わりなかったんだけどね。
 真っ白で、夏生まれだし外で遊ぶのも大好きなのに、全くもって黒くならないんだ。だから病気かなんかじゃないかっていつも思ってたけど、特に持病もなくて。ただ具合が悪いときだけは絶対にわかった。いつも目の下が真っ青になるから、嫌なことがあったときも大抵顔にかいてあったんだよね。
 とにかくそういうやつだったんだけど、あるときに、それこそ真っ青な顔色をして帰ってきた。そん時は金髪みたいな明るい髪の毛だったから、その青さがとにかく際立っていて少し怖かった。走って帰ってきたみたいで、ものすごく息があがっていたんだけど、何があったのか聞いても絶対に教えてくれなかった。俺もそんときはちょっとピリピリしてた時期で、こんなに心配してやってんのに!って怒鳴っちゃったんだよね。それでもあいつは何も言わなかった。
 その日はそのまま寝るって言って、夜飯も食べに降りてこなかった。そういうことはこれまでもよくあったから、どうせ失恋でもしたんだろって親父とバカにしてたんだけど、次の日も朝なかなか起きないからやっぱり心配になってね。どうしたのか聞いてみたんだ。そしたら、変な奴に付け回されてるって言ってて、多分この家もバレてるしどうしよう、って突然泣き始めたんだ。俺が言うのもなんだけど、妹はそこそこ顔が良くてあんまり物事をはっきり言わなそうに見えるから、これまでも何度か変な奴に言い寄られたりしてたんだ。その度に俺が彼氏の代わりになって虫がつかないようにしてたから、今回もおんなじ感じでもう付きまとうなって言ったらいいじゃん、と言ったんだけど。今回は違うの、としか言わないし泣きまくるしどうしようもなくなって。だったら少し家にいれば、と学校も休ませたんだ。ただ、その日は俺もたまたま暇だったから家にいたんだけど、突然、ぎゃあ!って声が妹の部屋から聞こえてきて、急いで部屋まで行ってみると腰抜かして顔真っ青な妹が地面に蹲ってたんだ。どうしたの?って聞いても、ドアを指さして口をパクパクするだけで。
 でも、なんにもないんだよそこには。そもそもそのドアなんて俺が入ってきたところだし、あいつが…って口パクパクしてるから俺も怖くなっちゃって。妹の言ってる”あいつ”がもしもこの家にいるんだったら、それは相当にやばいことだなと思って警察を呼んだんだ。

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