小説

『銀三匁』石川哲也(『かちかち山』)

「なんてことをしちまったんだ……」
 佐吉はひどく狼狽した。その傍らに、苦虫を噛み潰したような顔で新助が立っていた。地主の老夫婦から金を掠めていた若者は、罪を佐吉になすりつけ、あわよくばそのまま殺してしまおうと企んだのだが、死んだのはおばあさんの方だった。
 おろおろするばかりの佐吉に、新助が無慈悲な助け舟を出す。
「このまま村役人のところへ行きますか? そうしたら娘さんに薬をあげられませんね。でも、今なら、この金で薬を買えます。娘さんの命を救うことができますよ」
 脂汗を流し、涙もこぼしていた佐吉だったが、新助の言葉に心を決めたようだ。男は、地面に散らばった金から真っ正直にも銀三匁だけ拾うと、若者に頭を下げ、のそのそと庭から出ていった。
足音が遠のくと、新助は辺りに散らばった金を拾い集めただけでなく、亡くなったおばあさんの懐からも金を抜き取った。
「今帰ったぞ……、おい、これは何事だ!」
 おじいさんの帰りを待ちくたびれて、陽当たりの良い縁側でうつらうつらしていた若者は、おじいさんの怒鳴り声で目を覚ました。そして自分も駆け付けたばかりのような顔をして、事の次第を告げた。
「悲鳴が聞こえたので母屋に来ると、佐吉さんとおばあさんが争っていました。佐吉さんはおばあさんを押し倒して、金を奪って逃げて行きました。私は恐ろしくて、何もできませんでした」
「あんな腑抜けたような男がこんなひどいことを……おい、小作人たちを集めろ、たぬ吉を捕まえるのだ」
 地主の号令で、小作人ばかりか村の若者も総出で探したが、佐吉は見つからなかった。ただ、佐吉が薬師のところで銀三匁の薬を買い、そのまま村を去ったという証言から、おばあさんを殺したのが佐吉だと裏付けられた。
 おばあさんを失ったおじいさんはすっかり落ち込み、来る日も来る日も佐吉を恨む言葉を吐き続けた。そんな老人に懇願され、新助は佐吉の居所を国中探して回ることを約束した。
 村に帰るたび、新助は佐吉を見つけられなかったと涙ながらに語った。本当は、温泉につかったり、色里で遊んだりしていただけなのだが、おじいさんは若者の嘘をすっかり信じてしまった。
「たぬ吉を殺した者に、わしの田畑から家屋敷まで、すべて譲る」
 怨念の塊となった老人は、遂にそんなことを言い出した。
 近隣に聞こえた大地主の言葉に、村だけでなく国中からひとが集まった。
 本気で佐吉を殺すつもりなどなかった新助だったが、おじいさんの発言と、そしてなによりも、その富に目がくらみ、佐吉を殺すことにした。

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