小説

『人魚とダンス』戸田鳥(『人魚姫』)

「変身に体力使うから食べておかないと」
 そう言ってデザートのどら焼きも二人分食べた。
「変身って、痛いんですか」
 ううん、と人魚は首を振った。「むず痒い」
「え?」
「痛くはないけど、すっごくむず痒いの。もだえるくらい。薬の副作用ね。でもそれも慣れるって話だから、次回はもっとマシかも」
「次は、いつなんですか」
「一年は間隔をあけるようにって言われてるの。変身は負担が大きいから、やろうとしない人魚もいるわよ。でもわたしはまた飲む。もっと踊りたいから。今度は王子と舞踏会で」
「それなら、ヨーロッパ辺りの海に行ったほうがいいですよ」
 僕は力なく言った。ヨーロッパだとて保証はできないけど。
「そうね。次は漁場を変えるわ」
(りょうば?)
 人魚は銛を僕に持たせると、胸の穴に差し込んでくれと言った。
「なんでですか」
 僕はやりたくなかった。正直気味が悪いのだ。
「持ってると泳ぐのに邪魔なのよ」
「差してても邪魔じゃないですか」
「それはそうだけど、狩りの道具だし携帯してないと」
 人魚のさらりとした答えに、僕は軽くショックを受けた。
 ここが漁場で、銛にかかったのは僕だったのだ。薄々気付いてはいたけれど。
 突然、
「来たわ。ああー、むずむずしてきた」
と人魚が唸って、両手でぽりぽりと足を掻き始めた。もう変身が始まるのか。僕はうろたえた。心の準備ができていない。どうしよう、掻くのを手伝う? いやそれは違うか。銛を握ったまま動けない。
 人魚が僕を見た。痒みのせいか顔をしかめている。出会った時のように、ゆらゆらと揺れる白っぽい瞳が近づいてきた。
「やっぱりそれ、きみが持ってて」
 僕が聞き返すより先に、人魚は服のまま海へ飛び込んだ。一度波から頭を出してこちらを見て、あとはもう振り返らず波間に消えてしまった。

 

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