そして、そこにいるのは、ただぼろぼろになったスーツを着た男が一人。
…つまり、俺だけが走っていた。
…そうか、夢だ。俺は夢をみていたんだ…。
しだいに俺は逃げられるという安堵感からか、それとも後から襲ってきた疲労のためか、いつしか歩を緩めながら出口を目指していた。
…そう、こんなところ、来たことが間違いだったんだ…。
外からの風が吹き込み、そのかぐわしい空気を俺は胸一杯に吸い込んだ。
…そうだ、この香り…元はといえば、あの食べ物のせいで…。
そこまで考えたとき、俺ははた、と気がついた。
いつしか、出口のほうからあの香りがしていた。
あの、どの食べ物にも当てはまらない…なんともいえない香り…。
そうして俺は出口のほうをみて…息をのんだ。
出口のほんの数メートル前…そこに、何かが居座っていた。
それはやや小ぶりながらも半透明でいて、地面にうずくまっているようにじっとしており…そして俺が危惧した通り、それはひどく食欲をそそる匂いを身体から発していた。
…美味そうな、あの揚げ物とそっくりの香り。
形は違えども、食欲をそそる香り…。
俺はいつしか、その歩みをさらに緩め、忍び歩きのような格好でその生き物へと近づいていった…。
しだいしだいに、その生き物を食べたいという欲求が頭の中を占めていく。
胃は空腹のためにきりきりと痛み、口の中に溜まる唾液は何度も飲み込まれた。
…一口、ひとくちでいい、生でもいいから…こいつをかじりたい…。
そして、今まさにその生き物に触れようとした瞬間、ふいに俺の中に一つの疑念が生まれた。
それは、男のいっていた言葉。
『ああ!「すなあく」に生き血をやったな!生き血をやったな!おめえ、なにをしたかわかってんのか!おめぇ、「ぶうじゃむ」を増やしやがったな…!』
俺は、その言葉に違和感を覚えた。
…『ぶうじゃむ』を増やす…増やす…?
その瞬間、俺の右腕がふいに無くなった。
同時に、俺は思い出した。