そう言って、男は裸電球の明かりが灯るちゃぶ台のうえで栓を抜くと、俺の持つお猪口にとくとくと酒をついでみせた。
…その酒は、清酒なのか澄んだ色をしており、強い草の香りが鼻をついた。
「…のんでみろよ。うめえぞ。」
そういうと『すなあく』を温めるためか男は台所へと歩いていった。
俺は好奇心のまかせるままに、その酒の表面をちろりと舌でなめてみる。
すると軽い辛味が口の中に広がり、確かに青っぽい香りが後味をのこした。
「…おおっと、かんじんの『すなあく』が来るまでは瓶は空けんでおいてくれ…残りもそんなに無いんでな。仕込みから一年はかかる代物だから、ちびっとずつ飲んでくれ…。」
台所から聞こえる男の声にまじり、あのカリカリの揚げ物の香りがいっそう強くなった。それを嗅いだ途端、俺はいつになく胸が高鳴るのを感じた。
「ほうら、できたぞ。おかわりはいくらでもあるからな。」
そうして皿いっぱいに盛られた『すなあく』を見て、俺は感嘆の声をあげた。
大量の揚げ物。それはジュワジュワと音をあげて、つい今しがた揚げたばかりと主張せんばかりにあつあつの湯気を立てていた…それは一口でほおばるには少し余るくらいの大きさで、下手にかじりつけば火傷する可能性もあったが、それにも構わず俺は持った箸でそれを一突きにすると、一気に揚げ物にかぶりついた。
…とたんにジュワリと肉汁が飛び出した。衣は思ったよりも薄く、サクッとした感触とともに口の中で溶けていく。そして肉の風味は…今まで食べてきたどの肉とも似ていなかったが…とても軽くまろやかで繊細であり、口の中一杯に広がる幸福感にいつしか俺の喉はくうくうと喜びの音をあげていた…。
「ここで酒を一杯飲んでみな。後口として最高だから…。」
そうして男は再度酒をつぎ、俺にすすめる。
むろん断る理由も無く、俺はぺろりと『すなあく』を食べきると、そのあとすぐに酒を注ぎ込んだ…とたんに、口の中一杯に清涼感が広がった。
それは、わずかな辛みをともないながら肉の旨味を十分に引き立たせる味わいであり、杯はあっというまに空になり、すぐに口寂しくなった俺は、次の酒をつごうと酒瓶を手に取った。
…だが、その瞬間、ふいにぐらりと俺の視界が揺れた。
それと同時に部屋の調度品の輪郭がぼやけ、自然と身体が前後にぶれる。
その背後から男の声が聞こえた。