小説

『常春の国』金子葵(『桃花源記』)

 みぞおちの奥に、つよい輝きを放つ光の珠のようなものを感じる。その球から、神経を伝うようにして、光の水が伸び広がっていく感じがした。
「霊を産むと書いてお産霊(ムスビ)と読む。ムスぶことは、生じさせること。」

 熱い光は体中に満ち、境界がなくなっていくようだった。地面に崩れおちたツキコのまわりに、青虫、団子虫、蚯蚓に羽虫、無数の虫が寄って来る。鳥たちは賑やかにさえずっている。花々はすべて絢爛に咲き乱れている。
 それらはすべて喜んでいるということを、ツキコは体で感じた。すべてのものに白い光が満ちていることも、よくわかった。

「冬は禊じゃ。禊があって、結びの春がくる。対をなして存在する。」
 腹のあたりが、静かに音を立てながら樹皮に覆われていく。内側から無数の新芽が伸び盛り、からまりあい、それはそのまま木の幹になっていった。両腕は数多の枝に分かれて空に伸び、足元は同じように枝分かれして、地中深く根を張っていく。土壌から吸い上げられた熱いものがすみずみまで行き渡る。地に開き、天に開き、世界を繋いでいることがわかった。

「それ、解き放て。」
 微笑みながら弁天が命じると、ツキコの幹に残って巻きついていた、襷がけの紐を稚児がほどいた。その瞬間に、樹は光になって八方へ広がり、混ざり合った。もはや形を失った中で、ツキコはただ、すべてと結ばれている感覚だけを、感じていた。

「ここは常春の国ぞ。ここは、主の身の内じゃ。」
 神の誰かが言った。

 ごうっ という音と共に風と雨が吹きつけて、ぬるい空気が一挙に押し寄せた。湿りに満ちて、すべてはゆるんで、溢れだす。

世の春ぞ
    (とんつくとん)
世の春ぞ
(とんつくとん)   

 
「お待たせしてごめんなさいね。」
 盆を持って入ってきた婦人の声で我に返った。桃は相変わらず絢爛に咲き誇り、鳥が囀っていた。目からは涙が溢れていた。

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