小説

『ハッピーエンド』浴衣なべ(『わらしべ長者』)

 よく分からないけれど、山田さんに強く否定されてしまった。懇切丁寧に私が可愛くないことを二人に説明したかったけれど、山田さんがそれを許してくれそうになかったので諦めた。
「ところで片山さん、野球に興味ある?」
 勉強道具を片付け終えて図書室を出る直前、橋本さんからそう聞かれた。
「普通です」
 家で父親と一緒に野球中継を見たことがある程度だ。特に詳しくはないが、興味がないというわけでもない。
「だったら、今度の練習試合見学に来ない? 今日勉強教えてもらったお礼に特別見やすい席用意しとくよ。今年、ウチのチームは結構注目されてるから、普通だったら座れないような良い席」
「はあ」
「いいじゃん行こう行こう」
 私が返事する前に山田さんはもう行く気になっていた。というか、そもそも山田さんも誘われていることになるのだろうか。
「よし、じゃあ決まりだな」
「やったー、楽しみだな」 
気がつけば私と山田さんは野球を見に行くことに決定していた。なんだろう、この手際の良さは。やはり山田さんと橋本さんの相性はとても良いように思う。
「でも、橋本は今度の試験で合格しないと、試合に出られないんじゃない?」
「そうなんだけどさ、言ってくれるなよ」
 橋本さんは満塁のチャンスに見逃し三振をしてしまったバッターのような、情けない表情をした。
 山田さんと橋本さんの試合を見に行く日の朝、私はいつも通りテレビを見ていた。もちろん、占いをチェックするためだ。今日の私のラッキーアイテムは野球のボールだと告げられた。その占いの結果に、私は戸惑いを覚えた。
 初めて直で見る野球の試合は、想像していたよりも五感で感じるものが多かった。肌をジリジリと焦がす夏の太陽、グラウンドから漂う仄かな土の香り、そして、バットが白球を叩くカキィーンという済んだ音。エアコンの効いた部屋でテレビによる野球中継を見ているだけでは体験できない昂揚感だ。白球の行方にこれほど一喜一憂するなんて予想外だった。
 うちの学校が守る回、キャッチャーマスクを被った橋本さんが特徴のある低い声をあげて味方を鼓舞した。試合に出られているということは、試験には無事合格したのだろう。
 マウンドに登ったピッチャーはそれに応えるため、足を高く上げて腕を大きく振り、勢いのあるボールを投げた。バッターが空振りをする度に、客席の一部から黄色い声援があがる。相手チームのスコアボードには0がいくつも並び、それに対してうちのチームはコンスタントに得点を重ねていく。やがて、試合はうちのチームの圧勝で終わった。

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