ここで山田さんは初めて文庫本から顔を上げて橋本さんと目を合わせた。
「なんであたしがあんたの言うこと聞かなくちゃいけないわけ?」
「……」
「分かったよ。一つ貸しだからね」
いつも通りの軽口の叩きあいに発展しなかったので、山田さんは橋本さんの気持ちを察して遠くのテーブルへ移動した。やはり二人は仲が良い。ただ、私としては山田さんが隣にいてくれた方が心強かったのだが、そんなこと言える雰囲気ではなかった。
「ウチのピッチャーから告白されたんだろ?」
橋本さんは向かいの席に座るとそう言った。
「はい」
「あいつのこと、嫌いか?」
「いえ、そんなことはありません」
「じゃあ決まりだな。OKしろよ」
うっ、そういう聞き方はずるいと思う。明らかに、特定の方向へと誘導されている感じが面白くない。
いや、ずるいのは私だ。答えはもうとっくに出ている。ただ、それを伝える勇気がないのだ。なにかキッカケがなければ私は怖くて行動できない。
「頼むからOKしてくれよ。じゃないとあいつ練習に集中できないんだよ。朝練の最中、片山さんが通るたびにわざとボールを落として近づこうとするんだ。俺がいくら言っても直そうとしねえ。そろそろ監督が動き出しそうなんだよ」
そうか。彼が橋本さんからの返球を落としていたのはわざとだったのか。私はその場面を何度も見ていた。だから実際に試合を見るまで、彼が良い選手だと信じられなかったのだ。
私は今まで大切なことを朝の占いに頼って決めてきた。もちろん、それがあまりよくないことだとは分かっている。いずれちゃんと自分で考えて行動出来るようにならなければならない。けれど、今はまだムリだ。なにかに頼っていないと、行動を起こせない。それが私にとっての占いなのだ
私は、朝の占いで山田さんと仲良くなるキッカケを得た。そして、山田さんのおかげで橋本さんとの繋がりが出来、橋本さんの存在が彼と話す機会を与えてくれた。彼との関係は元を辿れば朝の占いの導きなのだ。ならば、この関係は大切にした方が良い。
私は、無理やりそう考え自分自身を納得させて、奮い立たせた。
「橋本さん、一つだけお願いがあります」