以前、彼に渡す寄せ書きのボールをダメにしてしまったあと、私は改めてクラスメートに寄せ書きを油性のペンで頼んだ。完成したら彼に送ろうと思っていたのだ。大半の生徒は協力的だったが、私のことを快く思っていなかった数名は、なかなか書いてくれなかった。その数人のせいでボールが完成するまで時間がかかってしまい、私はボールを送るタイミングを逃してしまっていた。
「これ、片山のメッセージが抜けてない?」
「えっ? 必要ですか? 私なんかのメッセージが」
「欲しいな。それとも俺のことなんか嫌いだから、書きたくない?」
「そ、そんなことありませんよ」
私は、彼とクラスメートたちの思い出を汚してしまった罪人だ。私の寄せ書きがあっては気分を害するかもしれないと思って気を遣ったつもりだったが、裏目に出てしまったようだ。こういうとき、正しい配慮の出来ない自分が本当に嫌になる。
「じゃあ返すね」
彼がボールを差しだしたので私はそれを受け取ろうとした。しかし、ボールを受け取るために伸ばした私の手を、彼は勢い良く掴んだ。
不測の事態に、私は驚いて言葉を失った。
「昔から好きだった。付き合ってほしい。返事は今すぐじゃなくてもいいから」
そう言って彼は手を放すと、私に優しくボールを握らせた。
「試合後のミーティングがあるから戻る。監督や先輩を待たせると怖いからさ。またな」
そう言うと、彼は回れ右をして廊下の奥へと姿を消した。私は受け取ったボールを丁寧に鞄へ納めた。そして、球場の入り口で私を待ってくれているであろう山田さん目指して、歩き始めた。
「えっ? えっ? 嘘でしょ?」
私の心臓は、痛みを覚えるくらいに激しく鼓動を打っていた。
「久しぶり」
昼休憩、図書室で勉強していると橋本さんから声をかけられた。野球の試合を観戦してから、一週間が経過していた。
「橋本どうしたの? また試験対策?」
私の横で山田さんが読んでいる文庫本から目を離さずに返事した。この図書室には無免許医が法外な値段で患者を治療していく名作漫画の文庫本があり、彼女はそれを読むために私と図書室へ通っていた。
「山田、ちょっと席を外してくれるかな。片山さんに話があるんだ」
「何言ってんの?」