「そう。そうなのね」マダムも女も、暫くの間それぞれの来し方行く末の中に思いを馳せた。
話し終えた女が、初めてマダムの目を見つめながら申し訳なさそうに聞いた。
「ここにはもう長いのですか?」
「そうね、もう忘れてしまうくらい」
「どうしてこんな所に?」
「あのアカシヤが奇麗だから。ただそれだけ」マダムが恥じらうように言う。
お酒のせいか冗舌になった女は更に続けた。
「今夜はほんとうに静かな、よい夜ですね。空気がとてもよい匂いがします。今年はとてもよいお米が出来ると思います」
「あら、じゃあ美味しいお酒も出来るわね」
「はい」二人は優しく微笑んだ。
「でも、あなたはそれを見ずにいってしまうのね」
「はい」
「それにしてもよくもまぁ、稲も花も、毎年同じことを繰り返せるものだわね。私ならきっと飽きてしまうわ」
「それは違います」女は自分でも自分の言葉に驚きながら言う。
「花は春風という因があって、初めて果という花を咲かせるんだそうです。だから、花だけ、春だけで在るわけではないんだそうです。だから・・・」女が言葉につまる。
「あら、お詳しいのね」マダムが愉しそうに言った。
「いいえ・・・。いつか、村に来た偉いお坊さんにお説教をしてもらって、それで覚えたんです」
「そう、それは良かったわね」
「はい」
マダムが三杯目を注ごうとしたとき、女はお猪口をひいて首を振った。
「そろそろ・・・」
「そう。もう行くのね」マダムが名残惜しそうに言う。
「海に出たいなら、そのアカシヤの木の裏にある道をずっと辿っていくといいわよ」
「はい。ありがとうございます」
酒に体を暖められた女は叉歩き出す気力が湧いたようだった。
女は立ち去り際、ふと振り返ってマダムに尋ねた。