少女が店に気がついた。
ランプの光に少し眩しそうな顔をした少女は、変わらない足取りで川を下っていく。気にしている風でもなく、次第に店に近づいていき、一言も無いまま漆黒のカウンター越しにマダムを見つめた。じっと、何かを探るようにマダムを見続けている。それでもやはり無言のままだった。
ややあってマダムが少女に言った。
「そこのお嬢さん、一杯いかが」少女はマダムの言葉など聞こえなかったかのようにマダムを見つめている。
「その袋の中身は何かしら」重ねてマダムは尋ねた。
「これは魂よ」少女は大事そうに袋の紐を体に引き寄せると、初めて口をきいた。
「そう、魂集めも大変ね、一休みしていらっしゃいな」女は驚く風でもなく、テーブルに指し招く。
「今夜は十四番目の月の夜よ。草木も音を立てて伸びているし、獣も元気に野山を駆け巡ってる。そんな夜に一休みなどしていられないわ」少女が少し怒ったように答える。
「あらそう、お忙しいのね」
「ええ、忙しいのよ」少女はそれでもマダムを見つめたまま動かない。
マダムは自分のグラスをゆっくりと傾ける。
「それはなんていう飲み物なの?」唐突に、少女はマダムの持っているグラスを指さす。
「これ?これは大犬シリウスの青い目の涙っていうの。心に溜まったものを洗い流してくれるのよ」マダムは少女をからかうように微笑みながら答えた。少女は相変わらず精気の無い表情で、ぼんやりとマダムとグラスを見比べている。
「ためしてらっしゃいな」マダムは微笑むとテーブルへ手招きをした。少女は表情も変えずに光る玉を玄関に繋ぐと、マダムと差し向いに座った。マダムがグラスをさしだし、ゆっくりと飲み物を注いだ。少女は両手でグラスを持って暫く眺め回すと、ものも言わずにこくりこくりと飲み始めた。マダムはそんな少女を楽しそうに見つめながら話し出す。
「昔はハイカラな外国のお客様もいらっしゃったんだけどね、ホラ、鉄道があっちにいっちゃってからは今じゃここらもすっかりさびれてしまって」遠くを見つめるようなまなざしをしていたかと思うと、ふと思い出したように女は言う。
「そうだ。古いワルツのレコードがあるのよ。踊りましょ」
「私、踊りなんて知らないわ」
「いいの、私が教えてあげる。ランプの炎みたいに一緒にゆらゆら揺れましょう」マダムはゆっくり立ち上がり、夜のあわいの中から取り出したレコードをかけた。月につられたか水量の増した川音に合わせるように音楽が流れだす。カウンターをぐるりと回ってきたマダムは、少女の体を支えるようにリードした。そしてマダムと少女はゆらりゆらりと月夜に舞った。少女はマダムにリードされるままに、マダムは何かを思い出そうとするかのように。