小説

『物語る』恵(『シンデレラ』)

「疑っているわけではありませんよ。ただ」
「ただ?」
「フフ。本当にあなたは三百年前のあの方に近い」
 疑うわけでもなく、同情するわけでもない。本当によくわからない人だ。
「それより、明日から舞踏会が始まる。地味とはいえ、ドレスも用意している。それでも、あなたは本当に参加されないのですか?」
 急に現実へ戻され、答えがすんなり出てこない。
「あなたは女性、ですよね」
「それは…」
「自分自身が信じている答えを口にすれば言い。例え、誰になんと言われようとも。通りすがりの魔法使いに話したところで、世界があなたを見る目が変わるわけじゃない」
「……」
「なるほど。…そういえば、あなたはなぜ継母のイビリに従うのですか?何もできないお飾りにしておくにも年をとりすぎた継母やぐーたら怠けてばかりの義理の姉なら、置き去りにすればもう少し楽な生活が出来ると思いますよ」
「お義母様やお姉さまは何のとりえも無い、こんな見た目の私を一人前のレディにしてくださろうとしています、多分。それに、…お義母様はお父様が選んだ方です。見捨てるなんてできるわけありません」
「…反吐が出そうになるくらいの心がけですね。せいぜい、他人のためにボロ雑巾にならないようにご注意ください」
「あの…」
「今宵はこれで失礼いたします」
「え?あの…」
「おやすみなさい、シンデレラ」
義母や姉たちを見捨てれば、私の生活は楽になる。今のままでは、ぼろ雑巾の様。…本当に、そうなのだろうか。人を思いやれなくなったら、父の選んだ相手を憎むようになったら、世界はもっと色あせていくように感じた。
 名前を聞きそびれた派手な男性…。そういえば、自分のことを魔法使いと言っていた。三階に音もなく侵入し、一瞬で消え去った。つい些細なことのように思って深くは考えなかったものの、私は一体何者と知り合ってしまったのかと頭を悩ませるのでした。
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「私と一曲、踊っていただけませんか」

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