小説

『春色のマニキュア』緋川小夏(『マッチ売りの少女』)

「私の?」
 私は訳が分からないまま、おずおずと両手をテーブルの上に乗せた。すると母は悪戯っぽく目を輝かせて、花びらを握っていた左手をゆっくりと開いた。
「ほぉら。オカアサンは、ピンクのマニキュアだよォ」
 母は泥のついた指先で、持っていた花びらを大切そうに摘まんだ。そして花びらを、慎重に私の親指の爪の上にそっと置いた。
 一枚。そしてまた一枚。
 母は真剣な眼差しで、親指から順番に花びらを乗せてゆく。そのたびに、私の爪に小さな灯りがともる。心がかすかに温かくなるような、春色のマニキュアだった。
「ほらー、きれいねぇ。オカアサンすごくきれい」
 母が少女のように無垢な微笑みを浮かべる。私は胸がいっぱいになって何も言えなかった。
「アレ? オカアサン、どうして泣いてるのかナァ」
 花びらはしっとりとして冷たく、私の爪の上で小さく震えていた。

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