「又根さんっ。お体は、いかがでしょうか。ここがどこだかわかりますか」
「母から聞きました。僕は三年間も眠っていたのですね」
三枝亮子が点滴のチューブを抜くためにおれの腕に触れた。とある「ループ」の中で彼女とのセックスに猛烈に明け暮れたのを思い出し、生唾を飲んだ。彼女の右尻にアーモンド型の蒙古斑があることを知っているのはこの病院ではおれと、この吉岡くらいだろう。吉岡と亮子は、不倫関係である。
「ループ」を利用してオイシイ思いをしたことも何度かある。病院内に限っていえば、おれはテレパシーや予知能力を持っているようなものだ。この病院にいる全ての人間、看護師医師患者掃除夫等々の人間関係、趣味嗜好、性癖に至るまで調査する時間は腐るほどあった。
今回も、誰かを口説いて楽しもうかと考えているとお決まりの儀式が始まった。
「では、簡単な質疑応答を始めます。まずあなたのお名前は」記憶障害の有無を確認する為の作業だ。やれやれ、と嘆息しつつもおれは律儀に答えた。
「又根太郎」
その瞬間、ごしゃ、と豪快な音をたてて病室の扉が開いた。皆驚いて目をやると、ど派手な男が息を切らして立っていた。180センチをゆうに超えてるであろう身長に、タイダイ染めのタンクトップからにゅっ、と伸びた野太い腕。グリーンに色付けされたアフロのような髪が色黒のぼこぼこした顔の上に載って、腐ったブロッコリーのようだ。この奇っ怪な男は、誰だ。
「タロちゃあん」大男はどたどたと足を鳴らしおれに駆け寄ったかと思うと、すがりついておいおい泣き出した。彼の声色や仕草を見ておれは理解した。こいつはいわゆるおかまだ。なんでおかまが。なんのおかまだ。困惑しているおれをよそに、周りの三人は微笑ましい顔をしている。母にいたっては涙を流している。
「ユキアさん、本当によかったですね」吉岡が言った。
「ほら、あなたもなんか声かけてあげなさいな」母がおれを促す。
「ええと、こちらは、どなた様」言った途端、皆が目を丸くした。鼻水だらけの顔をあげ、おかまがおれを見た。近くで見るとより迫力がある。海に削られた崖のような肌質。
「いやよタロちゃんっ。すっぴんだからわからないんじゃないの。なんつって」
彼女の言に室内は一瞬和やかな空気に包まれた。しかしいつまで経ってもうろたえているおれの様子を見て、皆の中に不穏さが漂い始めた。
「本当に、わからないんですか」
「ええ。誰なんですか」その一言におかまはぶう、と新たな鼻水を湧出させた。
「太郎、しっかりしなさいよ。この人はユキアさんよ。あなたの、あなたの恋人じゃないの」
「え」