小説

『主よ、人の目覚めの喜びよ』微塵粉(『三年寝太郎』)

「ユキアさん、ありがとう」
「あら。タロちゃん、久しぶりに名前呼んでくれたわね。嬉しいわああ。ユキア『ちゃん』だったらもっと嬉しいわ」
「そういやユキアって名前、本名なの」
「本名よ。ずっと前にも言ったのよう。しなだゆきあ。品川の品に田んぼの田。由来の由に器って書いてアジアの亜よっ」
「品田由器亜。すごいな。四角い文字ばかりで、ブロックみたいだね」言った途端、ユキアの顔がぱっと明るくなった。
――すごい。ブロックみたいな名前ですねえ
 既視感があった。以前にも、こんな会話をしたような。これはおれの記憶が蘇る予兆なのかもしれない。
 おれの記憶。頭の中。一体、どうなっているのだ。あの「ループ」はなんだったんだ。予知夢のようなものか。神が鳴らした警鐘か。それとも、単に脳みそが『バグ』を引き起こしていただけなのか。よくわからん。よくわからんがとにかく、おれは生きていて、新たな目覚めを迎える事ができたんだ。
 ほっとため息をついて、しみじみと、思う。
 現実は、いつも変化を伴っているのだ。どんなに代わり映えのない毎日に見えていたとしてもその実、必ず日々は流動し続けている。それは、なんて素晴らしいことなんだろう。尊いことなんだろう。違う明日が、次から次へとやってくるなんて最高じゃないか。今なら、なんでもやれそうな気がする。おれはこみあげてくる希望と清澄なる多幸感で満たされていた。
 両腕を頭上にあげて思い切り伸びをする。
「あああああああ、よく寝た。おはよう」
 リピートして、優雅な音楽は病室に流れ続ける。

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