その夜、もう誰もいなくなったばぁちゃんの部屋の縁側に、小雪が腰掛けていた。その隣には一匹の野良猫。小雪の指先が柔らかく、その毛並みを撫でている。
「あ。ひょっとしてノア?」
「そうよ。まだこの辺にいたのね、この子」
それは幼い頃から可愛がっていた野良猫だった。私は嬉しくなって膝の上に抱え上げる。野良猫だからノラ、ではあまりに安直なのと、鳴き声がそう聞こえるので、我が家ではその子を「ノア」と呼んでいた。
「ばぁちゃんがずっと可愛がっていたのかなぁ」
「きっとそうじゃないかな。…もう居なくなってしまったのに、わかっているのかしら」
知ってか知らずか、ノアは心地よさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。小雪は庭に植わっている梅の木を見上げ、ちびちびとお酒を飲んでいた。
「あんたも飲む?」
白い肌に、目の周りがほんのり赤く浮いている。きっと、また泣いていたのだ。グラスにお酒が注がれる、こくこくという音が静かに暗闇に染み込んでいった。
濃紺の夜空に映える白と紅の梅の木は、ばぁちゃんがまだ小さい頃に植えたものだと聞いていた。ぶつかりそうに枝を絡ませながら花を咲かせる二つの梅の木は、まるで私達姉妹のようだと、ばぁちゃんはよく笑っていた。清楚で可憐な白梅は小雪で、華やかで力強い紅梅が私だと笑って。私達姉妹は、この梅の木が大好きだった。優しいばぁちゃんのことも、大好きだった。
「ねぇあんた、覚えてる?」
小雪がくっとグラスを煽る。
「ずっと昔にここで約束したこと、覚えてる?」
小雪は遠くを見つめている。梅の木を見上げているのか、それとも夜空を見上げているのか、もはやよくわからなかった。私も一口煽ってから、
「覚えてるよ」
と答えた。
それは、幼い約束だった。小さい私と小雪は手と手を取り合って、この梅の木の下で誓ったのだった。
「ずっと一緒にいようね」