小説

『白梅、紅梅』冬夜(『しらゆきべにばら』)

 そんなことどうでもいい、とでも言いたげに生返事が返ってきて、小雪はポーチの中から飴を一つ取り出した。ありがとう、と早速口の中に放り込む。懐かしい味がした。いちご味の中に練乳の味が隠されたその飴が、私も小雪も昔から大好きだった。小雪はいつまでも舌の上でころころと転がしていたけれど、私は早く中の練乳が食べたくて、いつもすぐに噛み砕いてしまう。ばぁちゃんは「内緒だよ」と言って私達二人にこっそり飴をくれたものだ。何故だかわからないけれど、内緒と言われると余計に甘く、余計においしく感じるのだから不思議だった。
「こんな風に、私達の知らないところで死んでしまうのね」
 小雪は肘掛けに頬杖をついて、少しだけ涙を滲ませていた。ころころと、小雪の口の中で転がる飴の音がする。そうだね、と俯いて私は自分の両手を見つめた。小雪とは違う、荒くささくれだった手のひら。手の中にあったはずのものが、知らないうちに指の間をすり抜けてしまう感覚、心の中にたしかにあったはずの場所に急にぽっかりと開いた大きな穴を、きっと今、私も小雪も感じている。東京へ出ることを選んだのは私達だったはずなのに、どうして離れてしまったんだろうと、今は少し悔しくさえ思う。
「あんたは、急に居なくならないでね」
 小雪の大きな瞳がまっすぐに私を捉える。いつもの小雪は弱さなんか微塵も見せないような女なのに、そのときだけは母に甘える子どもみたいな表情をしていた。私は無言で頷くと、小雪の手のひらを強く握りしめた。互いの肩にもたれ合って、絡んだ指先がじんわりと熱を帯びていった。小雪の体温を感じると安心して、そういえば昨夜はあまり眠れなかったことを思い出した。
「…少し、寝なさい。着いたら起こしてあげるから」
「うん」
 小雪のか細い指が私の髪を優しく撫ぜる。

 布団に横たわって安らかな表情で眠るばぁちゃんを目にすると、ぐっと涙がこみ上げてきて、私達姉妹はまた少し泣いた。しかしそこからはもうノンストップで、母や叔母達に命じられるままに慌ただしく食事や飲み物を運ぶだけの機械となった。バタバタしている内にあっという間に通夜が終わり、気づいたときには、空高く昇っていく煙となったばぁちゃんを見上げていた。
 ばぁちゃんは誰にでも優しい、心の広い人だった。亡くなる直前までも近所の子ども達に好かれていたらしく、顔も知らない大勢の子ども達が空を見上げ、わぁわぁ大きな声で泣いていた。沢山の人達に愛されて、ばぁちゃんは抜けるような青空へすぅっと吸い込まれていった。

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