小説

『真冬のセミ』羽賀加代子(『アリとキリギリス』)

見上げると、遥か上空にセミが朝日に向かって颯爽と飛び立って行くのが見えた。
「行ってらっしゃーい!」
二人揃って手を振ると、セミは空に一周円を描き、そのまま一直線に飛んで行った。

 
あの日から一週間、アリとキリギリスはいつものように冬に備えて木や草花の蜜を集めたり、寝床にする枯れ草を集めたりしてせっせと働いていた。
すると上空から聞き覚えのある声が響いてきた。
「おおーい! アリさーん! キリギリスさーん!」
「あ! セミさん!」
セミだ。日に焼けてすっかり逞しくなった黒光りする身体を揺らしながら、セミはアリとキリギリスの元に急降下してきた。
「お帰りなさい」
「待ってましたよ。すっかり見違えちゃって」
アリは筋肉質のセミの胸をポンポン叩くと、嬉しそうに笑った。
「約束通り来てくれたんですね」
「当たり前じゃ……ないですか。二人は命の……恩人ですから……ね」
セミは肩で息をしながら、途切れ途切れに答えた。
「大丈夫?」
キリギリスが心配そうに顔を覗き込んだ。
「ええ。少し……息が……上がった……だけです」
セミは何度か大きく深呼吸した。
「すみません。だいぶ身体も弱っているので……」
「セミさん……」
キリギリスはセミの言葉の意味を悟り、涙ぐんだ。
「さあさあ、セミさん、早速聞かせて下さいよ。貴方の見て来た大きな世界の話を!」
アリがわざと明るく盛り上げた。
「はい!」
セミは、七日間の冒険の全てを二人に話して聞かせた。

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