小説

『夜鷹の星』春日部こみと(宮沢賢治『よだかの星』)

「そんな、無茶苦茶だ」
 鷹の無理に夜鷹が半べそをかいた。くしゃりとまだらの皮膚を歪めて、ぎょろりとした眼を潤ませて。
 するとそれを見た鷹が、えもいわれぬ優しい表情で笑った。
 村の娘たちがこぞって黄色い声を上げるその整った美しい笑顔に、けれど夜鷹はぞっと恐怖が背筋を走るのを感じた。
 そこにあるのは、優しさなんかじゃない。
 歓喜だった。
 ――鷹は、おれが泣くと嬉しいのか。
 だからおれを虐めるのか。
 鷹はガタガタと震えて身を縮ませる夜鷹の顎を抓んで、自分の方を向かせた。うっとりと、それはそれは優しげな笑顔のまま。
「無茶じゃない。おれがいい名を教えてやろう。市蔵というんだ。市蔵とな。いい名だろう。そこで、名前を変えるには、改名の披露というものをしないといけない。いいか。それはな、首へ市蔵と書いた札をぶらさげて、私は以来市蔵と申しますと、口上を言って、みなの所をおじぎしてまわるのだ」
 夜鷹は声にならない悲鳴を上げた。
 ――冗談ではない。そんなことできるものか。
 夜鷹は弱くて醜いし、たいそう目障りだろうから、みなの酷い扱いにもじっと耐えてきた。だがだからといって、それを理不尽だと思わないわけじゃない。
 どうして――どうして、おればかり。
そう思わない日はなかった。
 なぜおれが。どうしておればかりが。
 なにも悪いことなどしていない。ただ弱く、醜く生まれてしまっただけだ。
 どうしてこんな扱いを受けねばならない?
 だが弱い夜鷹には押し付けられる理不尽に抗う術などなくて、ただ唇を噛んで耐えるしかなかっただけだ。
 それなのに、更に己の名さえも奪われ、その上これ以上はないほどの辱めを受けるなど――――
「い、やだっ……!」
 夜鷹はかろうじてそう叫ぶと、渾身の力を振り絞って鷹の手を振り払った。
 そして身を翻すと、もつれる足を懸命に動かして逃げ出した。

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