小説

『人魚姫裁判』柘榴木昴 (『閻魔大王』『人魚姫』他)

「それは……その魔法使い次第よ」
 うんうんと魔法使いの正面でイカロスが魔術に理解を示す。不思議な力で亡き者にされた因果なのかもしれない。
「なるほどなるほど。魔法を使うルールが術者によってまちまちなのだな。だが取引自体は人魚姫と海の魔女との間で互いに合意の上だった。なら仕方あるまい」
 でもお、と意外にも魔法使いがうつむきながら口を開く。
「確かにお嬢ちゃんの言う通り誠実ではなかったかもしれないわぁ。人魚姫の最大のポテンシャルを殺してしまったのはずるいやり方だったかも。取引きのときのやり取りを見ても、声をもらわなくてもとりあえず足は作れたみたいだし。そのあと成功報酬で声をもらってもよかったかもねえ……」
 李徴が確認する。
「では、魔法使い殿。人魚姫はがぜん不利な状況で奮闘したのだな」
「そういうことになるわねえ。そう考えると地獄いきまではやりすぎかしらねえ」
「いいえ。恋のためなら地獄行きも辞さないですわ。本当の恋だったのか証明する機会になりますわ」
 ここにきてジュリエットは握りこぶしで鼻息を荒くしている。
「おれも地獄で反省すべきと思うが、目的と手段が入れ替わってないかジュリエット?」
「反省にはならんと言っただろう」イカロスが口を挟む。
「やさしくてかわいそうなんだから天国でいいと思うの」マッチ売りが意見する。
「やさしい人間は自害しない。悲しい人間が自害するのだ」Kがすかさず応じる。
「人魚姫の行為は自殺じゃないわぁ」魔法使いも間髪入れずに答える。
 討論は水の掛け合いの様相を示してきた。ブラインドを下げて真っ赤な地獄の果てを見据えていた閻魔がふむ、と机の方に体を向けた。
「よしよし。これ以上は平行線だな。では評決をとるぞ」
 全員が不満ありげに長である閻魔を見つめている。
「では『地獄行き』である、という者」
 K、李徴と当初の意見から動いたジュリエットが目を閉じながら手を挙げた。
「いや、量刑については改めて審議すべきではあると思うが」李徴が口添える。
「うむ。そうだな。では『天国行き』であるという者」
 はい、とマッチ売りの少女が真っ先に手を挙げる。ついでイカロス。見解を改めた魔法使いの手も少しの逡巡の後、ゆっくりと挙がった。

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